【続】三十路で初恋、仕切り直します。
冗談の色が抜けたその顔は自分の伴侶だということも忘れて魅入ってしまうほど端正で、わずかに緊張を覚えつつも指先を彼に預ける。その手に促されて自然な力で立ち上がると、座った形に寄っていたドレスがさらりと流れるように広がってきれいなラインを描く。その様を見た法資の目がまた一瞬細められる。
「じゃあな。お先にチャペルで待ってるから。バージンロード歩いてくるまでの間にとびきりきれいになっててくれよ。俺を『惚れ直させるくらいきれいになっておく』んだろう?」
離れていた間、さびしくて泣きそうになるたび、ささいなことで言い合いになるたび、スカイプで何度もかわされた約束だった。揶揄するように言われて頬が熱くなる。
「……無理だから。今のこれがわたしの人生史上最高の到達点ですッ、おあいにく様、これがあなたの奥さんの現実ですから!」
もっときれいになってみろ、まだまだ足らないなどと暗に言われても、もうこれ以上は望めないくらい今日のために最大限に努力したつもりだった。なのに。
「へえ。この顔がおまえの人生史上最上の顔なんだな。よく覚えといてやるよ」
意地悪にも「この程度か」といわんばかりの言い草をされてしまう。
先週法資が泰菜の友人たちの前でそうなったように、今日はこれから法資の知り合いの前で自分が「桃木法資の嫁」という見世物パンダになる番なのに。夫からの「合格点」ももらえない様では、二部の披露宴パーティーが思いやられる。
「おい。そんなしみったれた顔してるなよ。おまえは俺のダチの中じゃ俺のことを振り回した挙句に付き合って一週間足らずでプロポーズさせた『魔性の女』ってことになってるんだから。もっとそれっぽく自信満々でいろよ」
「なにそれッ、何そんなハードルあげるようなことになってるのよ、バカ、もう信じられないッ」
ただでさえ共通の友人である津田からうんざりするようなことを聞いたばかりなのに。いわく、「女子アナになった美河先輩とか、大学のときのミスキャングランプリとか、錚々たる美女を食い倒してきた桃木が選んだ嫁は、やっぱり格が違うオンナらしい」だとか、無責任で残酷な噂がいろいろ流れていると。