【続】三十路で初恋、仕切り直します。
-----------ひとりはこわい。
-----------ひとりはつらい。
9歳のときの自分が、寝込んでいる大人の自分のすぐ隣で泣いている。
母は家族が駆けつけるのを待たず、看取る家族がいないまま病院で息を引き取った。母の孤独な死は、ときどき自分の将来図に重なって見えることがある。
生まれ育った桜井町からは遠く離れた国の、家族のいない男には大きすぎる部屋の、暗い寝室にひとり体を沈める自分の未来に。
……法資、法資。
自分を呼ぶ声がする。
風邪の所為だ。どうしようもなく絶望的な気分に陥るのも、聞こえるはずのない声が聞こえてくるのも、すべては風邪の所為だ。
この声は今までにも気弱になると不意に現れることがあった。
「………泰菜……」
泣いている9歳の自分に寄り添っているのは、今まで付き合ってきたどの女でもなく、長いこと会っていない幼馴染だ。ときどき思い出したようにきまぐれに夢に出てきては、すぐに去っていく。
母の葬儀で、泰菜はまるで自分の母親が死んだかのような顔で号泣していた。その泣き方があまりにも必死で悲しげで、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになったその顔がとても不細工で。
不覚にも葬儀中に笑ってしまいそうになった。そのことに、心細かった9歳の自分はすこしだけ救われた。
「……法資……?」
意識が朦朧としている所為で、声がごく近くから呼びかけられたかのように聞こえた。こんな場所に泰菜がいるわけないのに。
「法資、今笑った?……起きてるの?」
夢にしては随分鮮明な音声。おまけに頬に触れてくるやわらかい指の感触までもがいやにリアルだ。
視界はぼんやりと滲んで不明瞭な線を結んでいる。目を凝らすと、薄暗いその中に自分の顔を覗き込んでくる泰菜の顔がおぼろげに見えてきた。
子供の頃風邪を引いたときのように、泰菜が心配そうに寝込んでいる自分をじっと見つめていた。9歳の頃の面影を残しつつも、目の前にいる泰菜は顔も体つきも大人の女のそれになっている。
----------夢にしては随分サービスがいいな。
そう内心苦笑しつつも、自分と同じ年頃の姿の泰菜に心配されていることがひどく心地いい。