【続】三十路で初恋、仕切り直します。

驚いたようにいいながらも、泰菜は抱き返してくる。それから子供のときのように頭を撫でてくる。最初はおっかなびっくりに、それから愛おしむようにやさしくやさしく。



柔軟剤の花のような匂いとまざりあった甘い体臭。腕にすっぽり収まる小柄でやわらかな体。皮膚にやさしく馴染んでくるあたたかな体温。

泰菜に触れている場所から伝わってくるすべてが安堵になり、それがひたすら心地よく胸の奥底まで染み込んでくる。




------------俺の女だ。




泰菜は自分の、自分だけのものだ。そう実感するたびに、強張っていた肩から力が抜けていく。

欲しくて欲しくてたまらなかったものは、今はちゃんと自分の手の中にある。この泰菜は、気まぐれに消えたりはしない。

息苦しくなるほど肌をぴたりと覆っていた不快な夢の感触は、この泰菜がきれいに洗い流してくれる。



「………泰菜」
「なあに?」


夢だと思っていろんなことを口走った気がする。
甘えるようにこの体を無理に抱き寄せた気もする。


「………俺は寝ぼけて何か妙なことを言わなかったか」


泰菜の前でみっともない醜態を晒したんじゃないかと危惧しつつ、控えめに訊いてみると。


「さあ?どうだったかなぁ」


泰菜はそういってとぼけてくれる。出来た女だ。やさしく、濃やかな気遣いが出来るところは昔からすこしも変わらない。きっと自分は恋と自覚しないくらいちいさな頃から、泰菜のそういう面に惹かれていたのだろう。


< 158 / 167 >

この作品をシェア

pagetop