【続】三十路で初恋、仕切り直します。

「ねえ、顔も体もすごい汗だよ。替えを用意したから、一度汗拭いて着替えよう」


泰菜の手にはタオルと肌着とパジャマが用意してあった。きちんと畳まれた清潔なそれは、しあわせで快適な結婚生活の象徴だ。


泰菜はシンガポールに来てすぐは「専業主婦なんて、すごい贅沢させてもらってるみたいで申し訳ない」などと言っていたけれど、主婦業をたのしんでこなしてくれていた。おかげで一人暮らしの頃は散らかりがちだった部屋はいつもきちんと整頓され、偏っていた食事は栄養面も見た目もバランスがいいものへと変わった。

何より「おやすみ」や「いただきます」を一緒に言える相手がいることにいちばん心が和んだ。惚れた女が家にいるというのはこういうことなのかと、その心地よさと快適さにたった3ヵ月の新婚生活でさらに骨抜きにされた。





「着替えられる?」
「………ああ」


返事をすると、泰菜はタオルを手渡してきた。額に浮いた汗をそれで拭っていると、泰菜がパジャマのボタンをひとつひとつ上から外していってくれる。

普段は恥ずかしがって服を脱がせてこようとなんて絶対しないのに、看病で世話をしているときは別らしい。落ち着いた様子で自分を脱がせにかかってくる泰菜の姿が新鮮だった。


「法資お腹は空いた?お粥炊いてあるけど。晶さんから送ってもらったお出汁でおいしいの出来たよ?」


泰菜はどこまでも自分の体調を気遣ってくれる。そんな泰菜に、呆れられるのは承知でも言わずにはいられなかった。


「………食うより抱きたい」
「うん、いいよ」


湿った肌着を脱がせにかかっていたその手を止め、泰菜が思わぬ返事をする。



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