【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「泰菜。おまえさ、今度またエステでも行ってくるか?」
前に一度だけ、雑誌で紹介されていた高級ホテルのエステをねだられたことがあった。でもどうやら泰菜はただの軽口のつもりだったらしく、こっちが本当にエステを予約してやったらひどくうろたえてしまった。
終わった後はとても喜んでくれていたけど、そのとき「法資にわがままを言ってしまった」という後ろめたさを抱えてしまったようで、以来冗談だとしても泰菜は滅多に何かをねだるようなことを言わなくなってしまった。
「エステ?なんで?べつにそんなのいいよ」
「じゃあマッサージとかの方がいいか?」
「えっ………法資の方がよっぽど疲れているんだし、そんなのわたしはほんとに全然いいから。……それとも法資がそういうリラクゼーション系に行きたかった?別にわたしのことはいいから、行って来てよ」
「俺はいいんだよ。店になんて行かなくたって、おまえがウチでサービスしてくれればそれで十分だしな」
意味ありげに笑ってみせて、つぅっと親指で泰菜の唇をなぞってやると、何を意図した言葉なのかすぐに悟ったようで泰菜はすぐに顔を赤くさせる。
夫婦になって既に二ヶ月、恋人だった期間も含めると、もう結構な回数あれこれしたりされたりしているというのに、いまだにセックスやそれにまつわる行為を匂わすようなことを言うと、こうして恥ずかしそうな顔をする。その顔を見ることが楽しくてうれしくて、怒らせると分かっていてもいつもつい余計な一言が出てしまう。
「俺はおまえが一生懸命ご奉仕してくれてる顔見るだけで、十分癒し効果あるから。わざわざ店で身体揉まれたりしなくても大丈夫。間に合ってるんだよ」
案の定ちいさな声で「バカ」と言われるけれど、その詰りは自分にとっては睦言でしかない。
「で、どっち行く?エステ?マッサージ?それとも前行ったリッツのスパの方がいいか?」
「……だからそんなのいいってば。それより法資、今週の日曜は休めそう?」
先週は仕事で潰れてしまったけれど、まだ代休も取れていないこともあり、幸い今週は必ず公休にするようにと室長からのお達しがあった。
「休めるっていうか強制的にでも休まされる。どっか行きたいところがあるなら連れて行ってやるよ」
「ほんと?……観光案内してくれるって言ったの、途中になっちゃってたから。この間の続き、連れていってもらいたいな」
「そういや先月は途中で呼び出し掛かったんだよな。……わかった。じゃ、次の休みは一日デートな。せっかくだからホテル込みのフルコースにしておくか。前におまえが言ってた、セントーサ島のホテルでいいよな?」
「わざわざホテル泊まるの?………べつに観光だけで、夜は家でゆっくりするんでもいいんだよ?」
「馬鹿。俺が休日の夜におまえゆっくりさせとくと思うか?家でするのもいいけど、偶には家以外でも抱かないとおまえに飽きられそうだしな」
泰菜は耳朶を赤くしてにらんでくる。本人は精一杯怖い顔のつもりなのだろうけど、ただただ愛しかった。
「おまえだって毎回毎回同じベッドで同じことばっかしてたらつまらないだろ」
「………つまらないと思う余裕、あるように見えた?」
ぷいっと顔を背けてしまう。たぶん照れ隠しなんだろう、泰菜はちょっと怒ったような口調のまま言う。
「でもわかった。行ってみよう。………わたしも法資に飽きられたくないし。たまには違うこともしてみないとね」
泰菜の言葉に心の中で苦笑するしかなかった。そんなことを好きな女に言われたら、疲れていると分かっていてもホテルまで待たずに今すぐにでも抱きたくなってしまう。
「じゃあ決まりな」
「でも直近で人気のリゾートホテル予約なんか取れるかな?」
「実はな、知り合いに予約譲ってもらっていい部屋押さえてあるんだ。だから心配するな。ほら、後片付けはやっとくから、おまえもう今日は先寝てろよ」
「でも」
「こっち来て慣れない生活してるんだし、無理してると体壊すぞ。専業だからってそんな無理してなんでもかんでも俺に合わせるなよ」
言ってすぐにしまったと思う。泰菜を思いやったつもりだったのに、今のはなんだか突き放すような言い方だ。泰菜も表情を曇らせる。