【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「………ごめんね、法資」
「なんで謝るんだよ」
「………重いよね。尽くしてます、みたいな顔されるのも。逆に疲れさせちゃうだけだよね。……もっとさりげなくいろんなこと出来る女になれたらいいのにな」
それだけ呟いた後、泰菜ははっと顔をあげて誤魔化すように微笑する。
「ごめん、今の聞かなかったことにして。………なんか今日ちょっとおかしいや、わたし」
それだけ言うと、泰菜は立ち上がって片づけを始める。
どうやら不用意な言葉で泰菜を傷つけてしまったらしい。
泰菜は十分よくやってくれている。でもただでさえ慣れない異国で生活をしているのに、不規則すぎる自分に生活リズムまで合わせるなんて、大分無理をしているはずだ。
帰りを待っていてくれていることは素直にうれしい。笑顔で出迎えてくれる泰菜を見るたびに「これこそが結婚なんだな」としみじみ思う。家の家事を手抜かりなく片付けてくれるのも有難いし、とても快適で助かっている。
でもとても身勝手な言い分だと分かっていても、泰菜が完璧に妻業をこなしてくれるほど、泰菜のその気遣いが他人行儀に感じてしまうことがある。
たまには手を抜くくらいの隙を見せてほしいのに、あまりになにもかもきちんとされてしまうと、自分は泰菜にとって寛ぎを感じられない夫なのかもしれないと思えてきてしまう。
泰菜は何も悪くないのに。なのに最近、泰菜と自分の気持ちがどうもかみ合っていないような気がしてならない。
急に近づきすぎた距離の所為なのか、お互いがお互いを気遣って差し出したはずの手と手が、上手く結ぶことが出来ずにぶつかってしまうようなことがある。
しあわせなはずなのに、それが歯痒かった。
「泰菜」
「………なあに?」
「やっぱ先に休んでていいっていうの、取り消しな。………抱くぞ」
ときどき泰菜が自分に向けている愛情と言うのは、家族愛なのかと思うことがある。
泰菜には自分の女がらみの過去の悪事も兄を通してだいたい知られてしまっているし、過去に付き合ったどの女よりも、自分のダメな部分を知られてしまっている。
泰菜はその諸々を受け入れたうえで結婚してくれた。
もともと泰菜に惚れていた自分とは違って、泰菜は男だとか女だとかいう以前に、「幼馴染」の延長線上にある感情で自分を思っているんじゃないかと思うことがある。それはそれでうれしいけれど、ときどきたまらなく自分の中にある『ひとりの男として愛されたい』という願望が抑えられなくなる。
「……あっ………やだ、法資っ」
シーツの上で体をのたうつ泰菜に、いつも意地悪く追い打ちを掛けて抱き潰してしまいそうになるのも、泰菜とのセックスがたのしいからということだけが理由じゃない。
「家族」という安全圏にいる存在だけじゃなくて、泰菜にとって自分だけが雄であることを何度も確かめたくなってしまう。だから自分の愛撫に喘ぐ泰菜を見て、たしかに自分は泰菜の男で、彼女の唯一の相手であると安心したくなる。