【続】三十路で初恋、仕切り直します。
--------やっと帰れる目処がついたな。
稼動しはじめた生産ラインを見て安堵の溜息を吐いていると、試作用にラインを組み直してきた鈴木が作業場の奥から引き上げてきた。
「すーさん、お疲れさまです」
「おうよ。お疲れ。それにしても、いつもながら相原ちゃんの啖呵の切り方、痺れたねぇ」
機械油で手を真っ黒にした鈴木が泰菜を見てたのしげにそう言うと、他の班員たちも笑いながら次々に頷く。
「本社の営業に強く言われると、若いのは途端にYesマンになっちまうんだけどなぁ」
「技術部の奴らも引っ張り出してきて噛み付くなんて、お見事だよ」
「『現場は指示されたとおりに動くだけですから、こちらに判断を押し付けないで、技術と営業の間で話をつけるのが筋でしょう』っての、ありゃあ聞いてるだけで胸がすっとしたぜ、相原ちゃん」
出来る限り納期が延びるように交渉はしたが、それでも現場に無理のある生産計画であることに代わりがない。明日の日曜日も田子の班の班員たちのうち、誰かは出勤しなくてはいけなくなるだろう。それでも作業員のおじさん方はみな満足そうな顔だった。
「いえ。無理なスケジュールになっても対応してくれる皆さんのお陰です。いつもありがとうございます」
そういって泰菜が深々と頭を下げると、横にいた丹羽もそれに倣うように一緒に頭を下げてくる。
「ま、相原ちゃんがあそこまで粘ってくれたからな。いいってことよ」
「若い女の子の頼みは断れねぇからよ、おじさんらは頑張らなきゃいけなくなるわな」
そういって班員たちが陽気に笑い出す。
いまだに厳しいことを言われることもあるが、入社から10年近い付き合いである現場の作業員たちとはそれなりに信頼関係を築けていると思う。けれど築き上げてきた関係以上に、今日は妙に班員たちの態度が柔らかいというか、好意的というか。ありがたいと思いつつも不自然なくらいやさしくて、違和感を覚えていた。
「おい丹羽くんよ」
ひとり態度が変わらぬ田子だけは、厳しい顔して丹羽に詰め寄っていた。
「おまえも泣きつくばかりじゃなくて、相原のやり口、よく見習っておけよ」
丹羽は淡々とした口調で、でも大真面目に受け合う。
「はい、勉強させていただきます。自分も相原さんみたいに『鬼の丹羽』って言われるように頑張ります」
「馬ァ鹿。『鬼』だけじゃ駄目なんだよ。営業も技術も敵に回すんじゃなくて、泣きついてみたり甘えてみたりヨイショしたりで『仏』の顔もみせて手玉に取ってやらねぇと」
「ああ。柔能く剛を制すってやつですね」
田子の話に丹羽は神妙な顔で答える。
そんな真剣な顔しなくてもいいよ、と忠告してあげたい気もしたけれど放っておくことにする。どうせ田子の話が最後には必ず風俗ネタに行き着くのだと、いずれ知ることになるのだから。