【続】三十路で初恋、仕切り直します。

自分の話に素直に聞き入る丹羽の態度に、田子は満足そうに続ける。


「ちがうちがう、そんな高尚なモンじゃなくてよ。ようはソープのおねえちゃんの按配なんだよ。厳しく責めまくるだけじゃなくて、持ち上げておべっか使って心も気持ちよくなってもらって、出すもん出してもらうってやつな。ただ一本調子に責めるだけなんざ、素人のやるこった。緩急とか飴鞭だとか駆使する、プロにはプロのテクニックってもんがあんだよ。仕事の交渉に必要な能力も、まあ結局はそういうことなんだよ」


……なにがそういうことだよ。


さっそく風俗ネタに絡めてきた田子を冷ややかな目で見る。班員たちは困ったような顔をする丹羽を見て愉快でたまらないとでも言うようにゲラゲラ笑い出した。


「おいおい、丹羽くん。その顔、もしかしてソープ未体験か?」
「班長にデビューさせてもらいなよ。この人、この近辺の風俗店はほぼ全店網羅してるからよ」
「仕事、早くひとりで回せるようになりたいんだろ?行けば班長の言ってることがもっと分かるようになるぞ」


おじさんたちに取り囲まれ、丹羽が「いや、でも俺ちょっとそういうのは……」と本気で弱ったように言っているのを尻目に、泰菜は工場の掛け時計に目をやる。もうじき5時になる。



「お疲れさまです。それじゃあわたし、お先に失礼します」



丹羽が縋るような視線を寄越してきたけれど、あえて気づかないふりをする。男なら、先輩連中からの手荒い誘いくらい、自分であしらえるようにならなければいけない。女の子ならともかく、いくら若いからといって20歳も過ぎた成人男子の面倒なんてみていられない。


こんなところでぐずぐずする時間があるなら、今日は早く帰って法資に会いたいのだ。昼前に家を飛び出して、こんなに遅くなるなんて予定外だった。今頃怒っているんじゃないかと思うと自然足早になる。


けれど工場を出る前に「相原ァっ」とお馴染みの大声に引き止められる。


「……なんですか班長」
「なんですかじゃねぇだろが。何おまえ勝手に帰ろうとしてんだよ」


田子はいたく気分を害したような顔で泰菜を睨みつけてくる。


「おまえがそんな冷たい女だとは思わなかったぜ。量産の遅延飲んで、ライン止めてまで試作仕様に変更してやったのによぅ。そんな無茶許してやったうちの班員連中に、まさか労いもなしに帰る気か?まさかだよなぁ、相原ァ?」


……今日だけは見逃して欲しかったな。


呪うように思いつつ、今日の出勤分は手当てではなく代休を取ることにしようと諦めたように考える。法資が帰国中に半休を貰おうと。その日に必ず埋め合わせをするからといって、法資に許してもらうしかない。


「……また駅前の酒菜屋でいいですよね?予約はわたしと班長、すーさんに、宮さん、井野さんの5人で入れておけばいいですか?」


泰菜がそういうと、おじさんたちは口を揃えて「よろしくな」と笑った。





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