【続】三十路で初恋、仕切り直します。

「あ。お疲れさまです、相原さん」


田子班の班員行きつけの居酒屋『酒菜屋』の暖簾をくぐると、一足先に入店していたらしい丹羽がそこに立っていた。

田子たちに「野郎はいらないんだよ」「若い男と飲むと酒がまずくなる」「男に酌されてもたのしかないわ」と心無いことを言われつつも、丹羽は意に介した様子もなく「そんなこと言わずに俺もご一緒させてください」と言って参加を願い出てきたのだ。



丹羽は泰菜から教えられたわけではないのに、職場でのつきあいというものをよく心得ていた。



新人に対する現場の作業員たちのつれない言葉はただのご挨拶だ。田子班もべつに丹羽のことを本気で嫌っているわけではない。

『生産管理課』の仕事は、常に怒号が飛び交いパワハラが日常茶飯である現場を管理する仕事だから、口汚い現場の作業員たちに食らいついていけるような気骨のある新人なのか否かを田子たちは見ているのだ。彼らにきつい言い方をされてすぐにへこんだり引き下がってしまうようでは、一筋縄ではいかない年配作業員たちと肩を並べて働くことなんてとても出来ないから。


泰菜も新人だった頃は仕事を真面目に頑張るのは当然のこと、どんなに邪険にされても飲み会のお供をして、職場の外でのつきあいも大事にすることで気難しい作業員たちから信頼を得た。そのお陰で今ではどうにか軽口を叩いても許されるくらい、彼らと対等に渡り合えるまでになったのだ。



「田子班長たちは遅番の班員さんと引継ぎやってて、来るまでもうすこし時間がかかるみたいっす」


言いながら丹羽が「予約取った席、こっちの座敷の方です」といって先導してくれる。結局店の予約も「いちばん下っ端なんすから、俺がしておきますよ」と言って丹羽が手配してくれたのだ。



-----------この子、ほんと若いのによく気の付く、現場勘のいい子だ。



さすがわたしが見つけてきた子だと、すこしだけ誇らしいような気分で丹羽の大きな背の後をついて歩いていると、丹羽が「あ、そうだ」と声を上げる。


「どうしたの?」
「えっと。事後承諾で申し訳ないんですけど」


そう言いながら、丹羽が泰菜の反応を確かめるようにちらりと視線を寄越してくる。


「さっき俺が来たとき、カウンター席に隣の課の課長さんがいたんすよ。ひとりで飲みに来たって言うんで、もうすぐ田子班長たちと相原さんが来るんでご一緒しませんかって誘っときました」





< 20 / 167 >

この作品をシェア

pagetop