【続】三十路で初恋、仕切り直します。

店の一番奥の突き当たりにある席にたどり着くと、そこに背を向けて座っていた男に丹羽が無邪気に声を掛けた。


「課長ぉ。先に相原さん、来ましたよー」


見覚えのある淡いブルーのシャツを着た、見覚えのある背中。


ほんの1年くらい前はこの人のこんなくつろいだ姿をよく見たな、と不快なくらい大きく揺れる鼓動とは裏腹にどこか冷静にそんなことを考える。



やましいことなんて何もなくても、よりにもよって法資が帰国中にこの人とお酒の席で同席することになるなんてほんとうに嫌なタイミングだな、と思う。



ゆっくり振り返った相手は、丹羽を通り越して真っ先に泰菜を見た。

動揺する泰菜に気付いてか、何か言いたげな顔をして、それから苦いものでも噛み締めるように口元を歪める。視線が合わないように泰菜から先に目を逸らすと、2人の間に流れる微妙な空気には気づかぬ様子で丹羽が明るい声で言った。



「製造課のオサム課長っす。日頃工場内のこといろいろおしえてもらって個人的にもお世話になってるし、田子班長たちの上司でもあるし、折角なんでご一緒したいなと言ったら快諾してくれて」


一緒に飲めることが愉しみなのか、ふだんあまり表情の変わらない丹羽がにこにこ笑う。

丹羽が面倒見のいい長武(オサム)を慕っているようだということはうすうす気付いていたが、こうも嬉しそうな顔をされてしまうと同席に異を唱えることも出来なくなってしまう。


地獄耳で噂好きな田子のように、自分と長武が元恋人同士という気まずい関係であることを丹羽が知っていればよかったのに、と自分勝手な理由で丹羽に腹を立てながらも、諦めの境地で座敷に上がった。


すこしあからさまかなとは思ったけれど、長武とは対角線になる席に腰を下ろすと長武が苦笑いしながら言ってきた。



「そういうわけだから。今日くらいは俺と一緒に飲んでくれるだろ、相原」





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