【続】三十路で初恋、仕切り直します。
班長はもちろんのこと、おつまみをつついていた鈴木も、日本酒をちびちび飲んでいた井野も、煙草に火をつけようとしていた宮原も、そして一人蚊帳の外で携帯ばかりを眺めていた長武までも、動作の途中で固まったまま、法資を凝視する。
法資は誰の視線も気にならないとでもいうように、顎を引いて堂々と話し始めた。
「相原は。こいつは家庭的な女で、皆さんもご存知かと思いますが、性格も穏やかと言うか悪いことが出来ない正直者というか馬鹿みたいなお人好しで……」
ちらりと視線を向けられて、反射的に目を逸らす。
法資がこんな人前で突然言い出した内容が、驚きと混乱で頭の中をぐるぐる上滑りにめぐっていた。法資はそんな泰菜を見てわずかに口元を綻ばせると、また真剣な面持ちで続けた。
「とにかくいい嫁になって、いい母親になれる、そういう女です。だからこいつは、多分俺じゃなくても結婚する相手なんて他にいくらでも見つかると思います」
自分の言った言葉を反芻するように、束の間の沈黙した後。法資は「けど俺は」とちいさく呟いた。
「……自分は、相原以外とは結婚出来ません。自分みたいな男と結婚してくれるような女は他に見つからないと思います。自分自身もそういう想像が一切出来ないので。俺にはこいつしかいないんです」
だから早く入籍したいと思っています、と言った法資はあくまで落ち着いていた。
---------なんだこれ。
うっとりするのを通り越していっそおそれを成すくらいのど直球な口説き文句を披露する法資に、まさかドッキリでも仕組まれてるのか?と馬鹿な疑心を抱いてしまう。
---------照れまくってるわたしを見て、みんなで笑いものにするとか、そういうオチでもあるんでしょ。
だったらいっそ笑ってくれ、と思う。じゃないととても正気を保っていられなそうだ。
法資をこの場所に呼びつけたのは自分じゃないのに。これではまるで法資を見せびらかして、自分がどれだけ彼に愛されているのか自慢しにきた馬鹿で痛々しい女みたいではないか。