【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「どうしたの?」
泰菜が駆け寄ると、法資は人差し指を店の出入り口に向けた。
「悪いな。まだ途中だけど今ちょっといいか?」
「うん?」
泰菜が頷くと、法資は出口に向かって歩き出す。その歩調はヒールを履いている泰菜を気遣ってなのか、ゆっくりと落ち着いたものだった。
「……っわ、ちょっと寒いね」
一歩店の外に足を踏み出すと、初夏のような昼間とは一転、夜の空気はひやりとしていてワンピース一枚の泰菜には肌寒かった。法資はちいさく「だな」と相槌を打つ。
「ごめんね、班長たち飲ませ過ぎでしょ。そろそろお開きにしてもらおうか。タクシー捕まるうちに帰りたいし」
法資は黙ったままパチンコ店の駐車場と隣接している居酒屋の裏手の方へと歩いていく。すこし離れた場所に煙草と飲料の自販機があるけれど、それを買いにきた様子でもない。背中を追いかけながら「法資?」と呼びかけた。
「どうしたの?コンビ二とかだったら駅方面にしかないけど。なにか用事でも……」
外灯の遠いその場所で、あくまでもゆっくりと振り返ってきた法資を見て。
---------あ、やばい。
その端正な顔に浮かんだ薄い笑みに、思わず持っていたポーチをぎゅっと握り締めて立ち止まってしまった。法資は泰菜の動揺に気付いている様子で口の端をますます吊り上げた。
「泰菜」
耳馴染みのいいひどく穏やかな口調で呼びかけられたのに、ぞくりと肌が粟立った。口の中が急に干上がって、返事も出来ずに「はい」の代わりにこくこく頷く。
法資は自己中な俺様なようでいて、実はそれほど気が短いほうではない。
子供のときも友達と喧嘩になったときには、手を出すよりも先にまず冷静に自分の言い分を立て並べて相手を理屈で言い負かすような子供だった。
年齢のわりにクールなところが実に可愛げがなかったけれど、教師や同級生たちからは一目置かれるような存在だった。
エネルギーを持て余す思春期の頃になっても、法資は喧嘩で衝動的に相手を殴ったり感情だけでわめいたりすることがなかった。どちらかといえば、昔から忍耐強い方なのだと思う。
---------だからこそ、本気で怒ったときは怖い。
真に怒りが深いときこそ、法資は決して怒鳴り散らしたりなんかしないことを長い付き合いゆえに知っていた。法資は怒るほどに冴え冴えと冷静になっていく、そういう男だった。