【続】三十路で初恋、仕切り直します。
---------課長が元彼だって、気付かれてたなんて。
ショックでなにも言葉を発せなかった。そんな泰菜の顔を見て、法資が片頬を引き攣らせるようにして笑った。
「……おい。今ここで犯して欲しいってリクエストか?」
意地悪く言われ、驚きのあまりうっかり法資の首から両手を離し掛けていたことに気付く。「ちがいます」と否定しながら慌ててまた法資の首に両手を回して抱きつく。俯いた法資をちょうど正面から覗き込む姿勢になったけれど。気まずさで目は合わせられない。
長武のことは隠したりせずにちゃんと話しておこうと決心していたのに。打ち明けるタイミングが悪かっただけで、こんなにも後ろめたい気分にさせられてしまうのかと戸惑っていた。
「何そんな驚いた顔してんだよ。おまえまさか俺が気付かないとでも思ったのかよ」
法資は飲み会では機嫌好く酒を飲み交わし、始終たのしげに笑っていた。だから長武のことに勘付かれた可能性など微塵も考えていなかった。
いったいいつから長武が元彼だと気付いていたのかと、先ほどまでのさわやかに笑んで鈴木たちの相手をしていた法資の顔を思い浮かべる。
もしかしたら班長から何か長武のことを聞いていたのだろうかと穿ったことまで考えていると、それを見抜いたかのように法資が「おまえどれだけ俺を馬鹿だと思っているんだ」と鼻で笑ってきた。
「同じ席で一緒に飲んでるはずなのに、あの課長全然話の輪に入ってこないし。そういうのを放っておくような性分じゃないくせに、おまえあの男だけはまるでそこにいないみたいに話掛けもしないで無視みたいな態度取ってただろ。そういう不自然な雰囲気、俺が分からないとでも思うのか」
声を荒げることなく淡々と指摘されて。たしかに長武とは一度も視線を合わせず、会話もしていなかったと気付く。法資に長武との仲を勘付かれてしまうのが怖くて、長武への態度が極端になってしまっていたのだ。
「……たしかにあのひと、わたしが前に付き合ってたひとです」
泰菜が認めると、法資は何故か愉快そうに口の端を吊り上げた。
「いかにもって感じだよな。人当たりが良さそうで、口も上手そうで、見た目優男系で。ガキの頃からおまえはほんと変わらないよな。好きな男のタイプまで昔から全然ブレないんだな」
刺々しい言葉を放ってくる法資が、いつもの余裕たっぷりの法資らしくなくて。なんと答えたものが思い迷ってしまう。
「……好きなタイプなんて……そんな考えたこともないし、だいたいもう課長のことなんて少しも」
「だったらどうして何も言わずにこそこそ会うようなマネしたんだよ」
こそこそ会おうとなんてしてない。でも。状況を見れば、そう思われても仕方ないのかもしれない。
「ちがうよ。……本当にちがうの」
疑われるような状況に陥る前に、なんで法資にちゃんと連絡を取っておかなかったんだろうと後悔の念が募っていく。
休日出勤になったことだけじゃなく、飲み会に行くことになったことも、元彼と同席するはめになったことも、電話が通じないならちゃんとメールで前もって伝えて置けばよかったのだ。
そうすれば白々しい言い訳じみた弁解をせずに済んだのに。