【続】三十路で初恋、仕切り直します。

法資は自分からキスをしてきた泰菜にひどく驚いた顔になり。

それから泰菜の目の淵が潤んでいることに気付いたのか、抱えていた泰菜の脚をそっと下ろして頬に指を伸ばしてきた。


「……泰菜……」


名前を呼んでくれた法資の胸に顔を埋めて、背中にまわした腕でぎゅっと抱きつくと、法資は戸惑ったような手付きで抱き返してくる。それから長く深く息を吐くと、ちいさく呟いた。


「………おまえな、卑怯だろ」


泰菜からのキスは上手だとはいえないキスだったのに、まるでそれに絆されたかのように法資の声がやさしくなっていた。


「こんなぎこちないキスひとつで簡単に俺を手懐けてくれるなよ」


本当おまえには参るな、と毒気を抜かれてしまったような口調で言われる。


「……ねえ、法資」


苛立ちを鎮めたように見える法資にそっと話し掛けてみた。


「わたしの話、ちゃんと聞いてもらえる……?わたしたぶん、法資が思ってるほど悪いことなんてしてないよ?」


法資に「分かってる」とすこし苛ついた口調で返され、思わず背中をびくりとさせて「ごめんなさい」と呟く。すると困ったような顔で「馬鹿、謝るな」と苦笑された。



「泰菜が悪くないことくらい分かってるんだよ。俺がおまえに言ったことはただの理不尽な言いがかりだ。おまえがいい加減な女じゃないことくらい分かってる」



分かっていてそれでも泰菜を傷つけるようなことを言わずにいられないほど心を乱してしまったことを、悔いるように法資は顔を歪めた。



「……だからおまえのことが嫌いだったんだよな」
「え?」
「自分が自分の思い通りにならなくなるなんて、15、6のガキじゃ持て余して当然だな。あの頃はだから全部おまえが悪いっておまえの所為にしていたけれど……まさかこの歳になってまで同じことしてるなんて」


俺も成長してないな、と自分自身に失望したように小さな声で聞かせるとでもなく呟いた後。法資は泰菜の肩に自分の額を押し付けるようにして頭を下げてきた。



「悪かった。ひどいことを言った。どこかにおまえだったら許してくれるって甘えがあったんだとしても、当り散らしてあんな言い方して、本当、悪かった。……おまえに捨てられても文句言えないな、俺は」



らしくなく弱気なことを呟いた姿を見て。



ほんとに我ながら馬鹿だな、と思うけれど。



あんなにひどいことを言われて恥ずかしいことまでされたのに、自分だけに見せてくれた情けない一面にきゅんとしてしまって、凭れ掛かってきた法資の頭をあやすようにぽんぽん叩いていた。



「べつに捨てません」と小声で言ったら「おまえも物好きだな」と苦笑され。「物好きはそっちでしょ」と返したら、「それもそうか」「認めないでよ」と続いて。



なんだか馬鹿馬鹿しくなって笑ってしまった。



その笑った顔に、ついばむようなやさしいキスを落とされる。額と、頬と、最後に唇に。仲直りのキスに応える合間に言われる。



「……おまえといると、ときどき自分のちいささに心底うんざりさせられる」





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