【続】三十路で初恋、仕切り直します。
自分よりずっと器用でいつも自信満々なひとだと思っていたのに。やりきれないように呟いた法資が、またすこし自分に近い場所に歩み寄ってくれたような気がした。
「わたしも、話していないことがあってごめん」
法資はだからそれはもういいのだと断ったあとで、泰菜を信用していないわけじゃないし、泰菜が男漁りが出来るほど器用な性質じゃないことも分かっていると言って。
ボソッと不明瞭な声で「妬いてただけだ」と呟く。
「……あまり俺にみっともないこと言わせるなよ」
自虐交じりに言いながら泰菜から身体を離し、法資はコンクリートの上に転がったままの泰菜の化粧ポーチを拾い上げようとして。何かに気付いたようにその手を止めた。
「……それ、気に入って使ってるの」
法資が拾い上げてくれたモノグラム風のハート柄ポーチは、ホワイトデーの贈り物として法資が送ってくれたものだった。
法資の帰国の予定が白紙になったため、泰菜は手渡そうと思っていたバレンタインデーチョコを、結局法資にあげることはかなわなかったのに。
再会の目処が立たずに落ち込んでいた頃、突然届いたそれにはうれしすぎて泣かされてしまった。
泰菜が知らなかったブランドのものだったけど、かわいいのにオトナっぽいデザインで、さすが法資が選んだものだなと一目で気に入ってしまった。昼間に会った優衣も、泰菜のバッグから覗いたこのポーチに気付き、「かわいい。こういうの欲しい」とうらやましがってくれた。
「ありがとう、法資」
テレビ電話越しにも言ったお礼を、もう一度、今度は直に顔を合わせながら口にすると法資は照れくさそうに笑った。
「………戻れるか?」
手を差し出され、うん、と頷き、店内までのちょっとの距離を手を繋いだまま歩いていく。
自分の手にやさしく重なる体温に、何物にも代え難い安堵を感じるのに、まるで矛盾するけど、それでいてひどくどきどきもしていた。
自信がないとか言ってる場合じゃないな、と法資の大きな手を独占しながらあらためて思う。わたしはこのひとがいい。優衣の言葉じゃないけれど、早く法資を自分の旦那さんにしてしまおう、とこっそり心の中で決心する。
「ねえ、法資。今日、帰ってからのことなんだけど……」
そろそろ一度手を離さなければならないお店の玄関口が見えてきたところで。急に開いた引き戸から人が飛び出してきた。
相手の顔を見て、瞬間、思わず手を離しそうになった泰菜の手を、振りほどけないほど強く法資が握り直した。出くわした相手に、泰菜の手を掴んだまま法資がにっこり笑いかける。
携帯を手にした長武だった。