【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「もう、法資があんな下品なこと、あんなたのしそうな顔で言えるひとだとは思わなかった!」
責めるように言うと、隣りで法資は意地悪く唇を吊り上げた。
「それ言うなら、俺もお前が『太いのが欲しい』だとか、平気で人前でおねだりするような恥ずかしい奴だと思わなかったな」
「やめて。……もう蒸し返さないでよ!そういう言い方することないでしょッ」
話の内容の所為か、運転手がバックミラー越しにちらりとこちらを伺ったような気配がしたから、いたたまれなくなって、法資に肘鉄を食らわせるとすこし体を離してシートに座り直す。
わずかにふたりの間に開いたその隙間が面白くないのか、法資は強引に泰菜の肩に腕を回すとまた泰菜の頭が自分の肩に凭れるように強引に引き寄せてきた。
「……ちょっと、首、むりやりこの角度にされると痛いんだけど」
「だったらこっち座れよ」
言われて結局、法資にぴったり寄り添うように横に並ぶ。腹が立っていても恥ずかしくても、触れている部分は温かい。
こうして「甘えてもいい」と言わんばかりに法資に体を引き寄せられると、支えてくれている法資の硬い身体の感触や伝わってくる体温を心地よく感じて、『怒っているのだ』という意地を通せなくなってしまう。
法資に踊らされてるな、という自覚はある。
けれど法資から与えてもらう無二の安心感に身を委ねていると、くやしいけれどそれでもいいやと思えてしまうのだ。
「……法資。今日ありがとうね」
いっそう法資の肩に凭れながら、先ほどからずっと言おうと思っていた言葉をようやく口にすると。
「シモネタトークのことか?あれくらいならべつに男の社交辞令みたいなもんで……」
「じゃなくて。確かに井野さんたち大喜びだったけど。サービス精神旺盛すぎて無駄に喜ばせ過ぎてたくらいだけど!じゃなくてっ!」
せっかく素直な気持ちになっているときなのに。わざと茶化してくるものだがらむっとしながらも、怒るのを堪えて謝意を伝える。
「班長と会ってくれてありがとう。……田子班長が、あんなにわたしのこと気に掛けてくれてたなんて全然知らなくて。だから本当にありがとう」