【続】三十路で初恋、仕切り直します。
2 --- 鉄っちゃん先輩
(2)鉄っちゃん先輩
話し掛けてきたのは、二歳上の大学時代の先輩で同じ英会話サークルに所属していた藤鉄平だ。
ひどいファッションセンスやのんびりした性格をよくからかわれて、いわゆる「いじられキャラ」として先輩やOBだけでなく後輩たちからも愛されていた。いつもにこにこ笑って「いじり」を受け流していた温厚な性格で、サークルでも中心的な存在だった。
すこし大雑把なところはあるけれど、人好きのするおおらかな人で面倒見もよく、泰菜も入学直後は学食のいちおしメニューや一般教養のおすすめの講義をおしえてもらったり、使わなくなった教科書を譲ってもらったりといろいろ世話を焼いてもらった。
藤は大学生のときいつも濃い無精ひげを生やしたままで、着ているものも年中ハーフパンツにトレーナーかTシャツという姿しか見たことがなかったから、久し振りの再会だということ以上に今日の彼の姿に驚いていた。
「鉄っちゃん先輩、なんか雰囲気変わりましたね」
「そうか?俺在学中よりさらに5キロも太ったんだぜ」
貫禄のあるお腹を自らぽんぽんと叩く姿がコミカルで、思わず吹き出してしまう。
「ちょっと先輩、笑わせないでくださいよ」
先輩は相変わらずだなぁとうれしく思う。
在学中もマスコット的な存在としてひそかに女の子たちに人気のあった藤だけど、恋愛対象に見られることはなく、「あれでもうすこし身だしなみに気を配れたらありなのにね」とよく残念そうに言われていた。
けれど今日の藤は、春先らしいきれいな色のニットに淡い紺色のスラックス、足元には革靴を履いている。学生のときに比べて随分垢抜けたおしゃれな姿だ。
「先輩、今日はどこかへお出掛けですか?」
「ん?」
「すごくお似合いですよ、その恰好」
素直な賛辞を口にすると、藤はぽりぽり頭を掻く。
「まあ今日はちょっとな……」
照れているのか言葉を濁す。
「俺なんかより、相原こそウチらのサークルの可愛い妹分みたいな感じだったのに、しばらく会わないうちにきれーなおねえさんみたいになってるじゃないの。こんなとこで何してんだ?」
そういって藤が手元を覗きこんでくるから隠そうとするも、慌てて雑誌を閉じた所為で雑誌名がおおきく載った表紙が二人の眼前にあらわになってしまう。
「……これ、『ハピマリ』の先月号じゃん」
結婚情報雑誌の先駆けとも言われる、大手企業が出版している情報誌だった。休日にひとりぼっちでこんなものを眺めているところを見られてしまうなんて、すごく痛い女だと思われてしまうんじゃないかと思いきや、
「この号の別冊についてた披露宴の演出特集、結構使えるんだよな」
と藤は『ハピマリ』を見て目を細める。その満たされたような顔を見て、察するものがあった。
「あの。……先輩、もしかして」
言い終える前に藤の背後から誰かが呼びかけてきた。