【続】三十路で初恋、仕切り直します。
8 --- 愛されたい
(8)愛されたい
支払いを終えてタクシーが走り去るのを見届けると。法資はすぐに家に入ろうとはせずに、庭でいちばん大きな木に近寄っていく。梅ノ木は暗がりでもわかるほどに悠然と枝を伸ばして立っている。
植木職人を雇い入れ、祖父が大事に手入れして毎年見事な花を咲かせていた木であり、泰菜たちは子供の頃よく木登りしたり、かくれんぼやだるまさんがころんだをするとき始点にしていた思い出の木でもある。
「この木も、切られるのか」
「……たぶん。そうなるんだと思う」
家屋同様、誰も手入れしなくなった老木が倒れて事故になることがある。だからおそらく泰菜がこの地を離れるときには、この木を大事にしてきた人間の最後の良識として、始末しなければならなくなるだろう。
仕方のないことだとしても、祖父も自分も大事にしていた木が切り倒され切り刻まれたところを想像するとなんともいえない気分になる。それは法資も同じようで、木を見詰めたままいつになく神妙な顔して「おまえの帰りを待つ間、ずっと考えてた」と呟いた。
「今まで考えたこともなかったけど。……俺は『結婚』ってものを盾に取って、おまえにばかり仕事も、住んでた場所も、何もかも手放させるんだな。当たり前の顔しておまえにそう強要していたんだな」
苦いものを噛み締めるような顔をされて、泰菜は相槌すら打てずに唇を噛む。
「いくらがおまえが『嫁に貰われる』立場なんだとしても、これじゃおまえが今まで大事にしてきたものを俺の所為で全部奪われるのと変わらない。おまえにばかり手放すこと飲み込ませていいのかって、待ってる間、罪悪感みたいなものでいっぱいになった」
そういって法資は自嘲気味に笑う。