【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「……おまえは俺に、何も言わないだろ。飲み会のときのことまたどうこう言うつもりはないけど、仕事のことは人間関係の苦労とか悩みとか愚痴すら滅多に言わないし」
「それはでも。法資だってあまり言わないじゃない」
「俺のことはともかくな、それだけじゃなくて、おまえの希望も訊かずに勝手に買った指輪のことも強引に婚約取り付けたことも、泰菜は何も文句を言わないだろ?武弘じいちゃんの家のことだって、いずれ解体することもずっと前から決まってたことだっていうのに、俺は何も知らなかった」
そう言った法資の顔を見て、思わずごめんなさいと謝りたくなった。
忙しいであろう法資を、自分のことで煩わせたくないという思いから、極力ネガティブな気分になってしまう話題は避けていたつもりだったのだ。けれど自分が話さなかったことで法資を傷つけてしまったのではないか。どこかやりきれないさびしげな顔をする法資に、そんな罪悪感にも似たものが沸いてくる。
「おまえが俺を軽んじてるわけじゃないって分かってても、おまえのことを何も知らずにいたんだと思い知らされるたび、俺はおまえから信頼されてないのかって、信頼に足らない人間なのかって思えて。こんなこと言い訳にもならないけど、それでさっきも頭に血が上った」
飲み会のとき、自分に当たってきた法資の、あの苛立ちの根底にあったのは嫉妬や怒りではなく不安だったのかもしれないと、そんなことに気付く。
ちいさい頃から知っている相手だけに、相手のことは何でも把握しているような、されているような気になることがあるけれど。その慢心の中で伝えそびれてしまったことが種になり、不安や疎外感というものを生み出してしまったのではないか。
「……わたしも法資が『平気なひと』なんだとおもってた。話すとか話さないとか、こういうこと気にしたりしないんだろうなって、勝手に思ってた」
さきほどの法資の言葉をなぞっていうと、法資が苦笑する。
「じいちゃんの家のことは俺に話してどうなるわけでも、実際取り壊しが決まってもシンガポールにいる俺が何か役に立てるわけでもないって分かってる。でも俺はおまえに話してほしかった。……だっておまえ、つらいんだろ?」
そのやさしい一言が、鋭い痛みを伴って胸に沁みてくる。