【続】三十路で初恋、仕切り直します。
仕方ないことだと割り切るしかないことだとしても、祖父との思い出が詰まったこの家を壊すことを、自分がそれを決めなければならないということをせつなく思い、感傷的な気分にさせられていた。武弘に対して罪悪感めいたものまで感じていた。そう、法資が言う通りつらかったのだ。
----------どうして法資は、いつもわたしの気持ちに気付いてくれるんだろう。
心の中のその問いに答えるように、ポーチライトの届かぬ暗がりの中で法資がそっと泰菜の体を引き寄せてきた。
「この家もじいちゃんのことも大事にしていたおまえが、ここを更地にしてこの土地手放すことに何も思わないわけがないって分かってるよ。……泰菜にはもう生まれ育った桜井町の家もないんだし、そりゃさびしいよな」
そういって殊更やさしく頭を撫でてくれる。うん、さびしい、と頷きながら思う。
---------ああ、やっぱりこのひとでよかった。
子供みたいな感傷なのだとしても、それを受け止めてくれるひとがいる。
ひとり日本でしていた結婚式の準備がなかなか進まなかったのも、その理由のひとつにこの土地を処分することへの罪悪感とさびしさがあったからだ。
法資がいるシンガポールへ旅立つとき、ひとりでこの土地に別れを告げなくてはいけないと思っていたから、その寂しさを抱えなくてはいけないことをしんどく思っていたけれど。
たとえその場にいなくても、法資はきっと自分の心に添ってくれるはずだ。彼も泰菜と同じようにこの家に愛着を持ってくれているから。そして泰菜が大事なものを、法資は自分も同じく大事にしようと思ってくれる人だから。
近い将来、この家を失うことは変わらなくても、その事実に胸が痛くなるほどの安堵を感じる。