【続】三十路で初恋、仕切り直します。

法資に話していなかったことで、法資を不安にさせたり不快にさせてしまうようなことはもうほかに思い当たらない。何を話せば真剣な顔で切り出した法資の気持ちに応えられるのだろうと思い悩みながら「……法資に隠してることなんて、ないと思うけど」と弱く答えると法資に苦笑を返されてしまう。


「さっきの八つ当たりが利き過ぎたか?……そんなびくびくしながら俺の顔色伺ったりするなよ」


そういって頭を撫でられる。


「俺が言いたいのは、おまえの素行を把握させろってことじゃなくて。……つまりはさ、」


しばらく何かを思い浮かべて逡巡した後、法資が口を開く。


「……たとえば職場のおっさんたちのシモネタにうんざりしてるだとか、ガソリン値上がりすぎて困ってるとか、武弘じいちゃんが死んだ後まで親父さんはろくに形見分けもしないくらいギクシャクしたまんまだとか。……あとは『会えないことがつらすぎて年末年始はずっと飲んでただけ』とかさ」
「……そんなことまで班長、法資に喋ったの?」

ちょっとばつが悪く思っていると、法資は笑って「意外に聞き上手な田子班長に、なんでも喋らされて困ってる、とかな。些細なことでいいんだ」と続ける。

「田子さんに話しているようなこととか、愚痴とか。そういうの、おまえはもっと俺に聞かせていいと思う」
「でも、」
「俺は忙しいから?だから遠慮してた?」

遠慮というより、法資を煩わせてしまうことが怖かったのだと思う。

それに自分のどうでもいい話を聞かせるよりは、法資の話すことに耳を傾けて法資が何を感じ何を思っているのかを知りたいと望んでいた。離れている時間が不安で、すこしでもいいから法資を自分に手繰り寄せて、国境を越えた遠く離れた場所にいる法資の存在を感じていたいと思っていた。




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