【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「自惚れじゃなければ、泰菜は俺に気を遣ってくれていたんじゃないのか?ろくに電話も捕まらないくらい残業ばかりしてるから、そういう俺に自分のことを話して心配させたくないとか煩わせたくないとか、そう思って俺に何か話すこと、躊躇っていたんじゃないのか?」
いつも聞き手に回っていたのは、法資のためだけじゃなく自分のためでもあったけれど。法資に余計な荷物を背負わせたくないという気持ちもたしかにあった。
「うれしくないわけじゃない。おまえのそういう周りに気を配れる気の濃やかなとこはおまえの美点だと思ってる。けど俺にくらいは遠慮してくれるなよ。……これから夫婦になるんだからさ」
法資が「夫婦」という言葉を口にしただけで、泰菜の中で形を成せずにいたその言葉に息吹が吹き込まれ、血が通い始める。あたたかみを伴ったその言葉が泰菜の胸に迫ってくる。
「……夫婦かぁ」
噛み締めるように自分もその言葉を口にしてみると、また胸にじわりと昂ってくるものがある。
---------今きっと、法資とは同じ温度と気恥ずかしさを共有しているんだ。
頬にほんのりと温度を感じる。そんな泰菜を見て法資も面映そうに目を細める。優衣と藤が互いを見詰めて目配せしあっていたときのやさしい空気が、今自分と法資の間にも満ちていることを感じる。言葉がなくても、ふたりの間を埋めていくように、法資の気持ちと自分の気持ちが深いところで結びついたのを感じる。
「……なんか今ようやく、ほんとに法資がだんなさんになって自分が奥さんになるんだなぁってこと、ちゃんと実感してきた」
「ホントにようやく、だな。随分待たされた気がする」
そんなことを言いながら法資は泰菜のおでこをぴん、とやさしくはじいた。
「けどそれはおまえに覚悟させてやれなかった俺の所為でもあるな」
「……覚悟って?」
すぐには答えずに、法資は急に笑みを押さえて言った。
「泰菜が俺にそうしてくれたみたいに、俺だっておまえのことを大事にしたい。俺に話しても何の役にも立たない、何の解決にもならないことも沢山あるのかもしれない。でもおまえが日頃何を思っているのかとか、何をしているのかとかちゃんと聞きたい。俺はただおまえから一方的に大切にされるだけなんて御免なんだよ」