【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「罪悪感があるから結婚を躊躇うってことはない。ただ俺と結婚することでおまえが手放さなきゃならなくなったものの代わりに、俺はならなきゃいけないんだと気付いた。結婚する覚悟があったつもりで、実際は腹が括れてなかったんだよ。つまり何が言いたいのかっていうとな」
またしても不器用に言いよどみながらも、法資は泰菜の顔を見た。
「……おまえが俺と一緒になることでいろんなものを手放したことを、この先後悔せずにいられるように幸せにする。不安にさせないように努力する。だから結婚しよう」
何度言われてもしあわせな言葉だけど。テレビ電話越しで聞かされたときのような半分冗談みたいな軽い口ぶりではなく、今日の言葉には現実味のある重みのようなものを感じる。
その心地よい重さに引き込まれながら、泰菜も「じゃあもう入籍しちゃいますか?」と訊くと照れくさそうに法資が「それでもいいな」と応じる。
「今回の帰国中に入籍だけでも済ませておくか?」
「………本気で?」
さすがにすこし驚いて聞き返すと「おまえがいいなら」と返される。
「おまえがそれでいいって言うなら、明日から桃木法資の奥さん、はじめてみるか?」
さすがにあまりの急展開にすぐには頷けずにいると、それでいいんだとばかりに法資が苦笑する。
「その辺りのこともちゃんと話そう。どうやって結婚するとか、いつ入籍するのとか挙式するとか、今度はおまえ任せにしないから。おまえの好きにしていいだとか、そんないい加減な言葉で丸投げしないから。ふたりで決めよう。泰菜がどうしたいのか、まずはおまえの話を聞かせてくれよ」
世界でいちばん居心地のいい腕の中で、泰菜は夫になるひとの言葉に静かに頷いた。