【続】三十路で初恋、仕切り直します。
「シンガポールだと通勤以外でもよく電車に乗るの?」
「ああ。タクシーとかもあるけど、MRTの方が……ようは電車な、これ運賃がすごく安いし車内もきれいだし、使い易いんだよ。運行本数も多いからなまじ渋滞している道タクシーでいくより早くて便利だしな。おまえ一人で出歩くときでも抵抗なく乗れると思うぞ」
「そっか。じゃあよかった」
大学生のとき卒業旅行で行ったヨーロッパでは、スリが多く治安に不安があると言われていた地下鉄の車内や薄暗いプラットホームの独特な雰囲気をすこし怖いと思ったけれど。同じ国外でもシンガポールはそんな「危ない」イメージとはだいぶ違うらしい。ちょっとほっとして表情を緩めると法資が苦笑した。
「シンガポールは結構暮らしやすいとこだし、日本人もわりと多いから。今からそんな身構えるなよ」
「……わかってるけど。わたし短期留学しかしたことなくて、海外で長く生活するの初めてになるから」
すこしだけ不安を吐露すると、法資は苦笑する。
「あんまり考え過ぎるなよ。どうせ今からマリッジブルーになったとしてもあと数ヶ月後には引き摺ってでもおまえ連れてくつもりだし。けどおまえ、友達に会いにひとりで台湾行ったり、わりに行動的なんだから。すぐ順応できるよ」
「だといいけど……」
「電車にしたって切符の買い方さえ覚えりゃ難しいことは何もないしな。その切符にしたって、いちいち買わなくてもシンガポールにもSuicaみたいなICカードあるから大丈夫だろ。必要になったら用意してやるよ。……まあ何にしたってまだ気の早い話だけどな」
そう、今はまだ新天地での結婚生活をあれこれ考えるよりも先に、まずは挙式の準備でしなければいけないことが山のようにあるのだ。