拝啓、大嫌いな神様
神は死んだ
「───もう終わり?」
凩が吹く。夜が更ける。
黒いキャンパスに描かれた朧気な満月は、何度も雲で見え隠れしながらも、蒼白い月光で闇夜を照らしていた。
そんな月明かりの下に“彼女”はいた。街灯もネオンの光も届かない、真っ暗な路地裏の中に。
闇に溶けるような漆黒の髪と、それに相対するような白い肌。細く華奢な身体とは不釣り合いな二本の刀には、血が滴っている。
月明かりのせいだろうか。それとも目の前に広がる異様な光景のせいなのだろうか。
彼女は何処か、不気味な雰囲気を纏っていた。
けれど、何より不気味なのは───顔に張り付いた、黒と白の仮面である。口元に薄い三日月を描いたソレは何処か道化師を───いや、“狂気そのもの”を連想させるような気がした。
「ぐっ……き、貴様…何者だ……っ?!」
ゴボリ。
赤黒い血で地面を汚しながら、一人の男が彼女に問い掛けた。
既に虫の息な目の前にいる男は、左足と右腕を紛失し背にはいくつもの銃痕がある。
至るところから出血させ、その身を朱へと変えていた。……人と呼ぶにはあまりにも、おぞましい姿である。
「……あぁ、そういえば名乗ってなかったわね」
不意に彼女が、思い出したよう呟いた。夜の闇に響く、透明感のある鈴の音のような声色で。けれど、その声は酷く無機質なものにも感じた。
「私は───」
彼女が被った仮面は、変わらずに緩やかな弧を描いている。それにも関わらず、男は恐怖を感じた。
……気味が悪いのだ、あの仮面が。こんな状況にも関わらず笑みを零すあの仮面が。例えるならば、無数の虫が体中を這い回るような……そう、あの気持ち悪さに酷似している。
この先は聞いてはいけない。本能的にそう感じた。今すぐにでもこの場から逃げ出してしまいたい。逃げ出してしまいたいのに───身体は、動いてはくれなかった。
「新撰組零番隊隊長、扇奈」
男はこれでもかと言わんばかりに目を見開く。
瞬間、目が合う。彼女はにっこりと綺麗な笑みを浮かべる。
まさか、まさかこいつが───?そんな言葉が男の脳裏を過ぎった時には、遅かった。
ゴロリ。
首が、飛ぶ。勿論飛んだのは男の首である。
「以後、お見知りおきを」