夜の海へ
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夜の海へ
わたしは後悔はしたくない。それがポリシーでここ数年生きてきた。だから仕事でも、恋でもプライベートでも後悔はない。なんてカッコウいいことを云ってみても、やっぱり思い返せば、後悔のひとつやふたつはある・・・
目の前の4人がけのテーブルに座ったカップルは、さっきから飲み物にもほとんど口を付けずに、ほぼ黙ったままで向き合っている。
こちらに背中を向けている彼は、ややうつむき加減に視線を彼女には直接向けないままで気まずそうにしている。
一方、こちらを向いている彼女は、強気な瞳で彼を軽くなじるような視線を向け「もういい・・・」とか「しょうがないよね」とか「やっぱ、無理」とか・・・
同じような意味の言葉を繰り返し何度も、口にしている。
「そんなことないよ・・・」そう云って欲しい。「無理じゃない」そう云って欲しい。
「ゴメンな、俺が悪かった!」そう云って欲しい。
彼女は彼が、そう云ってくれる瞬間を心の何処かで期待すればするほど、逆に強い口調で彼を攻めてしまう自分を止められずにいる。
わたしは、そんなふたりの重苦しい空気を、眺めていた。
「俺、ちょっとトイレ・・・」
その重い空気に耐えかねたように、彼が席を外した。
「うん・・・」
面白くなさそうに、うなずいた彼女。
わたしは、テーブルの伝票を手に取り席を立って、正面の彼女に歩み寄り、耳元でつぶやいた。
「あなたはたぶん何も悪くないわ!でもね、嘘でいいから、自分も悪かったという振りを演じてみるの。ゴメンね、わたしもいけなかったんだとおもう・・・ってひとこと彼に云ってあげるといいわ・・・」
彼女の背中をそっと押すように軽く叩いて、わたしは、店を出た。
数分後、彼がトイレから戻って席に着くなり云った。
「もういいよ、わかった出ようぜ!」
「ちょっと待って、これだけ云わせて。ごめんなさい!わたしもいけなかったんだと思う、わがまま過ぎたし、細かいことまでいちいち干渉しすぎだった・・・」
彼女は、自分でも不思議なくらい素直な言葉を口にしていた。
「まぁ、いいんだけどさぁ・・・俺だって、勘違いされるような遊び方してて、悪いと思ってたし・・・」
「ううん、そんなことないって・・・」
彼女が身を少し乗り出して、云った。
二人を包んでいた重苦しい空気が変わった。
どんより低く立ち込めていた厚い雨雲が晴れて、やわらかな月明かりの夜空が広がっているようだった。
「気分なおしに、夜の海でも見に行くかぁ!」
「うん!」
彼は、手元の氷の融けたグラスの水を飲み干して云った。
「そういえばさ、さっき後ろに座ってたお姉さん、なにか云ってから帰っていったろ?」
「あなたって以前のわたしそっくり!だって・・・」
彼女は、最後に云われたそのひと言だけを彼に教えた。
「俺には意味不明だな・・・」
彼が笑った。
「いいから、いこぉ~夜の海!」
彼女と彼は、手をつないで店を出て行った。