ラベンダーと星空の約束+α
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◇◇◇
[紫龍 12歳 秋]
目の前も左右も後ろも、黄金色に色付いた田圃(タンボ)が広がっている。
重たそうに頭を垂れる稲穂、収穫はすぐそこだ。
学校からの帰り道、
手頃な石ころを探して蹴りながら畦(アゼ)道を歩いていると、
「紫龍君待ってよ!」
と後ろから声がする。
振り返らなくても誰かは分かるが、形ばかり後ろを向いて、それからまた石蹴りに戻る。
ハアハアと息を切らして駆けてきた留美。
留美と言うのは前にも言ったと思うが、バレンタインに俺にチョコレートをくれて、
そのせいで俺が周囲から冷やかされる羽目になった一つ年下の女だ。
留美はポニーテールを揺らして隣を歩きながら
「一緒に帰ろ」
と笑顔で言う。
「いいけど…」
そう言いながら、さりげなく周囲を見渡し、誰も居ない事を確認した。
留美と一緒に帰るのは別に嫌じゃない。
だけど誰かに見られるのは嫌なんだ。
特にこの辺りは稲田家の田圃だから、お喋り好きの稲田のおばさんに見付かったら、結構面倒臭い事態になる。
稲田のおばさんから祖母ちゃん達に伝わって、そこから母さんにも伝わり、また冷やかされるに決まってる。
それは面倒臭いし、いい加減勘弁して欲しい。
誰も見ていない事に安心して、蹴っていた石ころを留美の前に蹴り出してやった。
留美もその石を二回蹴り、三回目を俺に戻す。
そんな石蹴りをやりながら、留美は学校の先生の事、今日の給食の事、飼っている犬の事など、思い付くまま話し続ける。
その話しに「ふーん、へぇ、そうなんだ」と適当に相槌を打ち、聞き流す。
妹達も母さんも祖母ちゃん達も、女って奴は何でこう、どうでもいい話しを楽しそうに喋れるのだろう。
大抵の話しは盛り上がりもなければオチもなく、独り言の日記みたいだ。
留美の声は聞こえているのに、意識は完全に離れていた。
足元の石ころと、昨夜の読みかけのロシア文学、ドストエフスキーの『罪と罰』の物語の世界をさ迷っていた。