近い未来の話
「曽根田、あたしの名前、知ってたんだね」
「なに言ってんの、そりゃ知ってるって」
「いや、だって、『おまえ』としか呼ばれたことなかったからさ」
「てか、いちいち言わなくていいから、そういうの」
いやいや。
あなた、今の台詞、スルーしろって言うんですか。
「いまの、アルコールのせいにしたりするの、ナシだからね」
「俺何も言ってませんけど」
「あはは、まぁいいや」
「・・・・・・・」
振り向いて見上げた曽根田は、口をへの字に曲げていた。
あたしがからかうように笑ったから、むすっとしたのだろう。
意外と子供みたいなとこ、あるんだな。
なんだ。
かわいいじゃないか。
なんだかあたしは、年頃の息子を相手にする母親のようなきぶんで、曽根田の柔らかそうな髪をぐしゃぐしゃに掻き乱してやりたくなった。
曽根田はあたしを抱き締めたとき、何を考えていたんだろう。
どんなカオ、してた?
一体どんなふうにキスをして、どんなふうに、愛をささやくのだろう。
近い未来。
きっと、分かる日が来るだろうか。
ほんの数時間前まで、想像すらしなかった、そんなこと。
生活感のない曽根田。
誰かを愛することなど、知らないだろうと思わせるような、冷めた瞳をした曽根田。
想像する。
きっと曽根田は、キスがへただ。
「・・・ふふふっ」
「なに」
「あたしを見つけてくれて、どうもありがとう、あたし、曽根田がいてくれてほんとに良かった」
「ああ本当、良かったね、俺がいて」
「適当ですね」
「・・・あーほら、まっすぐ前見て歩きなよ、若菜、人にぶつかるよ」
曽根田は意外と、あたしのこと、よく分かってる。
今まで誰より後ろを歩いていたあたしの、更に後ろを歩くから、ちゃんとあたしのことが見えてるんだ。
変な、かんじ。