続・雨の日は、先生と

やり直しのデート

先生と私は、車に乗り込む。

深いブルーの車。

私が、高校時代も何度か乗せてもらった車。


乗り込むと、やっぱりいつものフローラルな香りがした。



「この香り……、」



言いかけて、やっぱりやめようと思って口を噤む。

先生の思いが、訊かなくても何となく分かったような気がしたから。


先生は、私の声が聞こえなかったわけではないと思う。

でも、何も言わずに車を発進させた。


私と先生の間に、危うさがあるとすれば。

それはきっと、こういう些細なところなんだろう。

だから先生は、いつも私の前から消えてしまいそうで。

こんなに近くにいても、完全にあなたを捕まえた気にはなれなくて―――



「まずは、プラネタリウム、観に行くよ。」


「プラネタリウム、ですか?」


「うん。プラネタリウム。」



先生は、しんみりした口調で言った。



「星、好きなんですか?」


「詳しくはないけど、それなりに。」



その言い方に、少し疑問を覚える。

先生なら、自信を持って詳しいと言う気がしたから。

それはまるで、自分より詳しい人を知っている、というような。

ううん、それは、私の考えすぎなのかもしれないけれど。



「私、星好きですよ。」


「そうなんだ。」


「神話とか、好きだし。それに、季節や時間帯によって見える星座が違うから、空を見上げると、時の流れを感じるんです。」


「時の流れ、か。」


「それに、星は死んじゃっても光り続けるじゃないですか。もう、その星はないのに、何億光年も前の光が、私たちの目には届いているから。」



そう言った時、先生を見たら驚いた。

運転しながら、先生の目からはぽろぽろと涙がこぼれていた。

私は、途方に暮れて黙り込んだ。



「ごめん、唯。ほんとに、」



先生はウインカーを出すと、車を路肩に寄せた。



心を落ち着けるように、長く息を吐く先生。



分かってるよ、先生。

あなたは優しすぎるから。

優しすぎる人ほど、幸せを掴めないこと、よく知ってる―――



先生が、右手の小指にピンキーリングを嵌めてくれた日。

私は誓ったね。

待つって。

先生のこと、待つって。



それが私にとって、痛みを伴う行為であっても。

先生の痛みに比べたら、そんなの比べ物にもならなくて。



「情けないね、私は。」



ハンドルに身を預けた先生は、視線だけ空を見上げて言った。



「何で唯が泣くの。」



そして、言われてまた気付く。

先生の隣にいると、泣いてばかりだね。

最近は嬉しい涙ばっかりだったけど、今日のは何だろう。



「好き」



思わず口をついで出た言葉。

それが答えなんだろう。

先生のことが好きで、好きでたまらないから。

あなたの悲しみは、私の悲しみでもあって。



無言で私を抱き寄せる先生の、体の隅々に染みついた、15年の悲しみが。

ちょっとしたことで蘇る、愛の欠片が。

私に無関係でいられるはずがないってこと。



「唯はまだほんの子どもだと思っていたのに。」



先生は、切なげに笑った。



「私よりずっと、大きな心を持っているんだね。」



先生の髪にそっと触れる。

そのまま、じゃれつくネコを撫でるみたいに、そっとそっと撫でてみる。

子どもみたいな先生は、私の胸に顔を埋めると、安心したように微笑んだ。
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