続・雨の日は、先生と
第2章 幸せな生活

優しい先生と

朝陽の温もりを感じて、ふと目を覚ます。

首元まで幸せに浸かっている今。
ため息が出るくらい綺麗に、朝陽が輝いて見える。


私をぎゅっと抱きしめたまま眠る先生。
先生の寝顔を見たのは初めてだ。


長い睫毛が伏せられて、口元は少し上がっていて。

一体、どんな幸せな夢を見ているの?

その夢に、私はいる?


その寝顔があまりにも可愛くて。

私は生まれて初めて、男の人に自分からキスをした。

勇気がなくて、一瞬だけ、それも頬にだったけれど。


すると、ぱちり、と目を開けた先生。

私は慌てて離れると、どきどきする心臓を押さえて、何事もなかったような顔をする。



「おはよう、ゆい。」



眠そうな声で先生が言う。



「おはようございます。」



焦りを悟られないように、努めて普通の返事をする。

それなのに―――



「夢を見ていたんです。……私の天使がね、頬にキスをしてくれるんですよ。一瞬だけど、優しいキスをね。」


「そ、そうなんですか。」



すると、ガバッと身を起こした先生が囁いた。



「ほんとに、夢だったのかな。ねえ、唯。」


「ゆゆゆ、夢、ですよっ!」



先生は、心なしか残念そうにまた仰向けになる。



「そうですよね。」



私は、最近気付いたことがある。

先生のこの表情に、私は弱い。

残念そうな顔をされると、どうしてもそうじゃないって言いたくなってしまう―――



「案外、夢じゃなかったり、するかもしれませんね。」



先生は、ふっと笑う。

本当に、面白そうに笑う。



「唯、おいで。」



広げられた腕の中に、ゆっくりと身を滑り込ませる。

すると先生は、私の髪を撫でながら言った。



「唯のそういうところが、私は大好きなんですよ。」



ねえ、先生。

照れるから絶対に言わないけど。

私は先生の、敬語が好きだよ。


頑張って敬語を崩してる先生も素敵だけど。

天野先生としてのあなたと、陽さんとしてのあなた。

その両方を、心から愛しているから。



「ずっと、春休みならいいですね。」


「そうだね。本当に。」



桜は、いつまでも咲かなければいい。

このままフリーズしてしまいたい。


先生との未来は、描けそうで描けない。

先生と過ごすこれからの季節を、想像するのは難しい。

未来は確かにあるものなのに―――


先生といると、あまりにも幸せすぎて。

この幸せが終わる日のことを、どうしても考えてしまうんだ。

だから、時が止まればいいって、本気で思う。



「何で泣くの。」


「え?」



気付いたら、涙がこぼれていたらしい。

心配そうに顔を覗き込む先生。



「幸せすぎて、です。」



先生が、私を抱きしめる腕に、力が入る。



「唯はいつも、嬉しい時に泣くね。」



少し切ない先生の声。


私の過去を知っているからこその、その切ない声。


だから先生にだけは、私のすべてを預けられるって、思うんだ―――



「こんなちっぽけな幸せじゃなくて、もっとずっと大きな幸せを望んでいいんだよ、唯。」



こくり、と頷く。

ううん、でも私はもう十分だよ。

先生の隣にいること以上に幸せなことなんて、この世に存在しないから。

先生さえいれば、私は。

世界中の誰よりも、幸せな女の子でいられるんだよ。



「陽さんの、隣にいたい。」



先生は、何も言わずにもう一度、ぎゅっと私を抱きしめた。
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