短編集
 葉月の表情は悲しげで傷付いたよう。

 葉月は鞄を持って私の横を何も言わずに通り過ぎていった。
 何で何も言わないの?
 葉月がやったんじゃないんでしょ?

「葉月!」

 私が呼んでも葉月は振り返らず行ってしまった。

 私は一人残された教室で呆然と立ち尽くしていた。
 葉月が華世に酷いことをするとは思えない。

 けど、あの表情を見るからにはちょうどいいタイミングで葉月が教室に来たってことは無いと思う。
 かと言って、やっぱり葉月がするわけない。

 私はケータイを持ちに来たはずなのに、そのまま葉月を追いかけた。

 葉月に追いついたのは昇降口だった。
 足の早さには自信がある。運動得意だし。

「葉月!」
 葉月を呼んだ瞬間、運悪く踏み出した一歩の先が濡れていて滑りやすくなっていたのか、また滑って尻餅をついた。

「いったぁ……。二回目なんて!」
 梅雨なんてキライ。
「夏弥!大丈夫か?」

 葉月は私に駆け寄ると、私に手を差し出した。
 私は葉月の手を掴むと、お尻を庇うように立ち上がった。さっきと同じとこをぶつけた……。

「ありがと、葉月」
 葉月はああ、と言うと直ぐに下駄箱に向かおうとした。
「待って、と言うか待ちなさい、葉月」
 急いで離れそうになった手を掴むと、引いた。

「葉月……何があったの?」
 葉月は何も答えない。何か言ってよ……!

「……ごめん、夏弥」
 葉月はそれだけ言うと、私の手を振りほどいて玄関を出て行った。
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