とびっきり、片思い。
「良かったね」と、母は優しく背中を摩ってくれながら言った。
「さっきは、あんな風に言ったけど、勉強は、自分のペースで頑張れば良いんだからね」
頑張るという思いを込めて力いっぱい頷いたら、母は優しい目をした。
「不思議なことだし、未紗にはまだわからないかもしれないけれど、その道に進む人は、たとえ途中遠回りをしてしまったとしても、必ずその場所に辿り着くようになっていると思うの。
私は大学の頃に夢見た東京で、今はこうして未紗と一緒に生活してる。40歳で叶えて、随分と長く時間はかかってしまったけれどね」
そう言って私の頭を撫でた。
未来が見えなくて不安になることもあるけれど、迷って揺れながら、誰かの言葉に励まされ、人は生きていくのかもしれない。
「お母さん、ありがとう。でも、ひとつだけ言わせて」
「何?」
「いつも言っているけど、部屋に入る前はちゃんとノックしてください」
ギロリと横目で見ると、「そうだったわね。次からは気を付けます」と正座をして頭を下げ、顔を上げた母と笑い合った。
その翌日、森りんから電話がかかってきた。
昨夜の番組を観ていて、私とのエピソードが取り上げられていると感動してくれていたらしい。
こうして共有出来る友達がいてくれて嬉しい。
森りんは弾むような声で、「これで演劇活動にもますます精が出るね!」と言った。
けれど、すぐに「うん」と明るく返せなかった自分に戸惑いながらも、徐々に本当の気持ちに気づき始めていた。
カナタからはいつもパワーを貰っていて、そんな風にいつか、誰かの笑顔の源になりたいって思うんだ。
でも、私にとってのその方法は、演劇ではないのかもしれない。
自分がまだこの人生でどんなことを職にして、なにを成し遂げていくのか分からないけれど、憧れていた芸能界に少しだけ足を踏み入れてみて、ここは何となく違うような気がした。
私が生きていく世界は別のところなのかもしれない。
カナタに会いたいという思いだけで努力を続けられない現実がそこにはあった。
出来ない自分と出会って、その壁に立ち向かえなくて目を逸らしてしまう。弱い私がいた。