青く、高く、潔く




帰って来る度に。

俺の部屋は……、生活していたその時よりも綺麗にされて。



主を…待ちわびるようにして待っていた。







足の腫瘍を取り除く手術を控え、一時退院した俺は…



自宅へと、帰って来ていた。




大量の荷物を親父が部屋に運んで来て…


その中の1つ、スノーボードを抱えながら…


「どこに置くといい?」って聞いていた。


「……いつもの場所に。」


首を傾げた親父は、「ん?」と言いながら…
次に、部屋ん中を見渡した。



そう言えば…、中学に上がってから、親父がこの部屋に入ったことなど…あっただろうか?



「はいはい、定位置ににね。」


荷物を持って後追いしてきた母さんが…ちょっと得意気に、親父からそれを奪って、


慣れた手つきで…


机の横に、しっかりと立て掛けた。


親父は…、キマリの悪そうな顔をしているから、

俺は一応、礼を言ってみた。



「ありがとう。」って。


退院するときは…親父はいつも必ず、仕事を休んでまで、病室に迎えに来てくれる。


母さんだけでは、階段だとか…移動のちょっとした介助も。大変だって…思っているのだろう。


俺に対する思いやりと、普段には全くと言っていいほど…見せることのない、母さんに対する然り気無い優しさなんだって…気づいた。







部屋に一人になると――…






「『チビッコ暴走族』…か。」


俺は、松葉杖を支えに…、それに手を伸ばして。



書かれてある文字を…なぞっていく。






この……メッセージに気づいたのは…、


帰って来る直前のことだった。



このタイミングで家に持ち帰ろうと思って、隙間に入れ込んだソレを取り出した親父が…真っ先に気づいた。



涼の言っていた言葉の意味を…この時になって初めて――…理解した。




書いたのは、アイツ以外に…いないだろう。



わざわざ黒の油性ペンで、見えないように…

なのに、消えることもないように、……って。






俺は、鞄の中から…あるCDを取り出すと。


それを…、埃ひとつ被っていないコンポの中へと…押し込めた。



それから……



ベッドへと座り、耳馴れした、その重低音に包まれながら…


そっと目を閉じた。





モトがくれた、CD。


聞きたければ、携帯で曲をダウンロードだって出来たハズだけど、俺はそれを…しなかった。


ヤツの想いを…尊重したかったから。


もう1つ…理由があるとするならば――…

カナルイヤホンで身体の真髄まで響く音に。

少し…飽きがあったから。



2つのスピーカーから放たれる…爆音。

その、開放感。




それらの違いは……


ハーフパイプの競技中に一人聴くものと、

会場内に響き渡る…音楽。



それに、とても良く似ていた。





目を閉じたまま―――…



俺は…イメージする。






ヘルメットを着用した自分が…

スタートに立っている。



会場に流れる…、ヒップホップ。

沸き立つ…歓声。



バックスクリーンには、自身の紹介映像が…流れて。


名前を…コールされる。




跳ねるように、飛び出して…


ボードが、滑らかに滑っていく。



ハーフパイプへの、ドロップイン。


うん、……順調だ……。





バックサイドへと向かって…



反り返った壁が。


真っ白な…ソレが。




目の前に…そびえ立つ。



水色のライン、
リップ…ギリギリん所で。


テイク…、オフ……!







「たいせー!!!」


「…………?!」



勢いある呼び声が……



妄想の世界から、一気にドロップアウトさせた。



部屋の扉を全開にさせて。


飛び付いて来たのは……





「…………いてーよ、姉貴。」


長女の、成季(ナルキ)。



お陰様で…、ベッドに仰向けになって。



天井を見上げる形に…なってしまった。



「………ボトム落ち……。」


あの日の悪夢が…甦る。




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