青く、高く、潔く
デカイ壁…、
圧迫された――…空間。
締め切られた、カーテン。
こんなデカイ空気清浄機ってあるのかって…、俄には信じられないけれど。
この、無機質な…世界が。
今の俺の…全てだ。
「おーい、たいせー!」
姿の見えないオトコが、何度も俺の名前を連呼する。
この声は…、ノア。
「………携帯のバイブ、昨日から鳴りまくりだけど…。いいのかー?ずっとしまったままだろ?」
「………ノア、今俺、治療中なんだけど。」
「あー…、そうだった。」
わざとらしく納得したフリをしてるけど、きっちり15分置きに語り掛けて来る辺りが…ノアらしい。
まるで、安否確認をされてるみたいだ。
化学治療の1クール目がスタートして…2時間。
散々心配した、嘔吐などの副作用などは…未だなくて。
悠長にも、音楽を聞きながら…母さんが買ってきた、ドライフルーツを食べていた。
薬の投与は、1日だけ……。『シスプラチン』という名前の抗がん剤だった。
俺に出来ることは、ベッドに寝ていること。
――…喋ること。
しなきゃならないのは…、尿を出すこと。
「お父さんからメール来てるよ、ホラ。」
母さんは、自分の携帯を…俺の前に差し出した。
『大成の様子はどうだ?』
「………。どうって言っても…、ねえ?」
いつもと何ら変わらぬ様子の俺に、彼女はベッドの端に座って…
返事を打つ。
『順調です。』って、淡白に……。
「待って、それじゃあつまんない。」
俺はモゴモゴとドライフルーツを噛みながら。
袋から、ソレを二つ取り出すと……。
仰向けになって、わざと目の上に乗せてみる。
「写メ撮って送って?」
俺は大丈夫だって、この写メ見たら…、間違いなく笑ってそう思えるだろうって。
母さんは、クスクスと笑いながら…
「そのくらい余裕あるなら、ちゃんとソッチの返事くらい返しなさいよ?」
引き出しの方を…指差した。
「………分かってるって。」
俺の病気のことは。
スノーボードの関係者には…伝わっていた。
返事はいらないつって、色んな人から、メールやらが届いていたけれど――…。
電話では上手く話せそうにないから、敢えて出ないように…していた。
誰が、どう知らせたのかは…知らないけれど。
昨日、あの人からの…着信もあった。
勿論、出などしなかったし、戸惑いも…あった。
『下手くそ。』
いつもいつも、上から目線で…言いたいことはスパッと言い切ってしまう人だから。
本音でぶつかってこられて、冷静に対処出来る程の余裕は…
無かったのだ。
弱い自分を…見せたくなんか、ない。
「那倉 涼」。
その名前を見ないように。携帯を…引き出しの奥へとしまったのだった。