青く、高く、潔く
「自分がここに居る意味」
そんな…難問を突き立てて。
俺が答えを見つけるその前に――…
ノアは、ここから…居なくなった。
シスプラチンの副作用が最も強くなったのは…、治療後3日目。
この日は、よく晴れていて……
僅かに開いたカーテンの隙間から、燦々とした太陽の光が…差し込んでいた。
蝉の声だろうか――…。
朝から、せわしく鳴いていたのは。
食事も摂ることもできず、ただただベッドに…転がっているのが精一杯。
同室の人が食事をとれば…、その食べ物の匂いにも…胃は、反応し。
秀子さんの枕元に飾られた…花の香り。そんなものまで…受け付けなくなった。
「たいせー、新鮮な空気、入れてやるからなー。」
ノアが、ガラリと音を立てて。
窓を…全開にしてくれた。
「…………。凄いね、セミの声…。」
「…………?セミ?」
「あれ、違う?凄い響いてるけど……。」
「………?お前、めっちゃ耳いーなあ。俺には遠くに聴こえるけど。やっべ、うちのジじーちゃんみたいに耳遠くなったんかな。」
「……………。」
ノアは…冗談っぽく言ったけれど。
本当は、まさか自分の方が――…、だなんて。
まだまだ、知るよしもなかった。
夏の…香りと。
温かい風が…
狭い病室を一気に駆け抜けていた。
ノアは窓を閉めると。
「リハビリのじかんだわー。」と、明らかに嫌そうな声を上げて。
カーテンの隙間から、ひょいっと顔を…覗かせた。
「じゃーなー、大成。また、開けてやっからよ。」
「おー、頼むわ。」
「……タメ口。ったく…えらそーに。」
ヤツはほくそえんで……
また、シャッと勢いよく、カーテンを閉め切った。
「ありがとうね。」って、母さんが、深々と…頭を下げていた。
ノアは……、それから。
ここには戻って来なかった。
退院の時を……迎えたのだった。