ヒット・パレード
何気ない日常が、やがては前島の心の奥深い傷を、次第に希薄していってくれるのではないか。
そんな希望を胸に抱き、森脇は前島のマンションへと通った。
そして、その日もいつものように前島のマンションの部屋のドアを開ける。
キッチンを借り、在り合わせの材料でチャーハンを作ってテーブルへと運んだ。
「出来たぜ。食えよ、俺が作った特製チャーハン」
その時、前島はテレビの競馬中継を観ていた。
「なんだ晃。お前、競馬なんか興味あるの?」
ふと、そんな疑問を前島に投げ掛けた時だった。前島が画面を見つめたまま、森脇に言った。
「なあ、知ってるか勇司?
競走馬ってやつは、骨折して走れなくなったら、安楽死させられるんだそうだ」
その前島の言葉が何を意味するのか………
ギターを弾く事が出来なくなった前島の心に深く刻まれた傷は、あれから1ミリたりとも癒されてはいない。むしろ、日を追うごとに彼の心を絶望の淵へと追いやっている。
それを聞いた森脇の目には、いつしか涙が止めどなく流れ出していた。
「ふざけんなよ……お前は馬じゃねぇだろうがよ!」
森脇は、前島の両肩を掴み強く揺さぶりながらそう訴えた。そして、そんな森脇に成すがままにされながら、前島も泣いていた。
「分かってるさ。俺だって、そんな事は分かってるよ……だけど、頭じゃ分かってたって、何もやる気がしねぇんだ。もう、生きてる実感ってやつがしねぇんだ………」
あの、天才ギタリストとして日本中を魅了した前島 晃が、今は目の前で捨てられた仔犬のように震えている。
「頼むから……そんな事言わないでくれよ……」
そんな前島の事を、今の森脇には強く抱きしめてやる事位しか出来なかった。
.