ヒット・パレード
5月13日、午後7時………
局での仕事を早めに切り上げ、本田と陽子は一足早くレスポールへと繰り出し森脇が到着するのを待っていた。
店も開けて間もない、しかも平日とあって客は本田と陽子の他には、まだほんの二~三人しか入ってはいない。
ディープ・パープルの名曲《スモーク・オン・ザ・ウォーター》が流れる店内では、マスターがカウンター越しに陽子へと話し掛ける。
「ヨーコさん、この間はずいぶんと酔っていたようだけど、帰りは大丈夫だった?」
そのマスターの質問に、まさか「酔いつぶれて森脇とラブホに泊まりました」とも言えず、陽子は作り笑いを浮かべ「ええ、まあ」と誤魔化した。そして、すぐさま話題の矛先を変える。
「あ、そうそう!マスターに大ニュースがあるんですよ!」
「ニュースと言うと?」
森脇が現れればいずれ判る事ではあるが、陽子はいち早くマスターにその事を伝えた。
「トリケラトプスの24時間ライブの出演が決まりました!」
「えっ?」
マスターのたいそう驚いた様子に、陽子が嬉しそうに微笑む。
「森脇さん、出演を承諾してくれたんですよ」
「それはまた……もしかして本田君が説得したのかい?」
「いや、交渉したのは陽子です」
本田の答えに、マスターは再び驚いた。レスポールでの森脇と陽子のやり取りでは、陽子は森脇を怒らせて帰らせてしまった。ならば、本田の交渉手腕によるものかと考えたのだが、どうやらそうでも無いらしい。
「いったい、どんな魔法を使ったんだい?ヨーコさん」
あれだけ出演を拒否していた森脇を、この短期間でどうやって説得したのか?マスターには大いに興味のあるところだ。
だが、マスターのもっとも知りたい部分について、陽子は人差し指で頭を掻いて笑いながらこう答えるだけだった。
「いやあ~、それがなんにも覚えて無いんですよね、私……」
陽子の答えに拍子抜けするマスター。
覚えて無いとは、きっとあの夜に何かあったのだろう。しかし、何があったのかはもうどうでもいい。マスターにとっては、森脇が28年間のあの苦しみから立ち直ってくれた事がなにより嬉しかった。
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