ヒット・パレード
2月14日金曜日……
その案件が決定されたのは、昨日の夜の事だった。
とは言っても、正確に言うと最終的に会議が終了したのはてっぺん(午前零時)を回っていたので、今日だと言えばそういう事にもなる。
会議終了後、家に帰らず局の仮眠室で夜を明かした民放テレビ局《テレビNET》の音楽部門プロデューサー本田 智章《ほんだ ともあき》は、翌朝トイレの手洗い場で顔を洗い、そのまま担当番組のリハーサルの為スタジオへと赴いた。
「ヨーーッス」
「おはようございます」
本田の顔を見て、先にスタジオに入っていた何人かのスタッフが声を掛けて来る。
その中の一人、本田の後輩で局では数少ない女性ディレクターの初音 陽子《はつね ようこ》が、本田の顔を見るなり爛々と瞳を輝かせて彼に近付いて来た。
「本田さん、おはようございます!
会議どうでした?」
「ああ、あれね」
そう言って、少し間を置く。
そんな本田の様子に、陽子は「やっぱりだめなのか」と少し残念そうに俯いた。
が、次の瞬間。
「あの番組、ウチが仕切る事で決定になったから」
意表をついて彼の口から発せられたのは、思いがけない吉報であった。
良い意味で、期待を裏切る本田の解答に、陽子はつぶらな瞳を大きく見開いて悦びの声を上げた。
「ホントですかーーっ!
やったじゃないですかーー!」
テレビ局の中は様々な部門に分類される。報道、ドラマ、バラエティー、スポーツ、音楽……
その中でも特に音楽部門は、人数も少数、受持ち番組も深夜枠がメインという存在感の薄い部門であった。
アイドル歌謡曲全盛の80年代には数多く存在していたゴールデンタイムの音楽番組も、時代の流れと共に若者の音楽志向は様変わりし、テレビの音楽番組もそれに合わせて淘汰されていった。
そんな中、今回のテレビNET内でもかなり重要な意味を持つある番組を音楽部門が担当するという決定は、弱小音楽部門にとっては、思いもかけないビッグニュースであった。
「スゴイですよ!本田さん!
私、正直今回はドラマ部門の圧勝かなぁって思ってたんですよね」
陽子の言う通り、会議前の下馬評では、今回の特番はドラマで行くだろう……というのが局内での大方の予想だった。
「ああ、まぁ音楽部門の大金星ってところだ」
勿論プロデューサーの本田も、この結果には大いに満足しているに違いない。
ただ……
この喜ぶべき結果の中には、これから本田率いる音楽部門が越えなければならない、ある試練が含まれていた。
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