ヒット・パレード



森脇のマンションからは、電車でひと駅の場所にある前島のマンション。


ドアの前に立ち、声を掛ける。


「おい、晃。俺だ、森脇だ」


中から返事は無かった。
だが、いない筈は無かった。前島は自分の左手が治らないと知ると、さっさと病院を退院してしまいそれ以来ずっとこの自分のマンションの部屋に閉じ籠って、一歩も外へ出る事が無かった。


案の定、鍵は開いていて森脇はドアノブを回して勝手に中へと入っていった。


「晃、勝手に入るぞ!」


靴を脱いで部屋に上がるなり、森脇はその部屋の散らかりように驚いた。


「なんだこりゃあああっ!」


まるで泥棒にでも入られたかのように、部屋中いたる所が乱雑にひっくり返っていた。


そして、その部屋の隅の方にぽつんと、前島が背中を丸めて座っていた。


「へへっ、ちょっとムシャクシャしちまってな」


森脇の存在に気が付くと、前島はそう言って微笑んだ。
その顔は全くと言っていいほど精彩を欠いていて、普段なら身なりには人一倍気遣う彼が、無精髭は生やし放題で自慢の金髪もボサボサなまま、全く手入れをしていない様子だった。


よくもまあ、これだけ散らかしたもんだ……と、荒れ放題の部屋を見回していた視界に、信じられないものを見付けた森脇は、途端に表情を強張らせ、前島に視線をやった。


「晃!お前、これ………」


「もう、俺には何の用も無いガラクタだ。
ガラクタは、ガラクタらしくしといた方がいいだろ?」


前島が毎日欠かさずメンテナンスをし、他の何よりも大切に扱っていた、ギブソンのレスポール………
それが、見るも無残にネックの部分から真っ二つに折られて部屋の隅に転がされていた。


「晃………………」




『やっぱり、このギブソンが一番しっくりくるんだよなぁ……俺の宝物だよ』


まるで自分の恋人の事でも語るように、優しい口調でそのギターの事を話していた、いつかの前島の姿を思い浮かべると、森脇はそのあまりの変貌に胸が締め付けられるような思いになった。


「勇司、いつまで突っ立ってるんだよ?まあ、座れよ」


ショックを隠し切れないという面持ちの森脇を気遣ってか、前島がそんな言葉を森脇に掛けた。



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