ホルケウ~暗く甘い秘密~
第1章~新生活~
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春山りこは、こめかみを圧迫するような違和感と耳鳴りに顔をしかめながら、遥か上空から北の大地を見下ろした。
窓越しに見える濃い緑は、東京の郊外に広がるそれとは明らかに違う種類のものであった。
両親が急逝して、1ヶ月が経とうとしていた。
不慮の事故であっけなくこの世を去った両親は、そこそこまとまった金をりこに残していたらしい。
それはありがたいことではあるが、金に困っている一部の親族に付け狙われたりこは、些か辟易していた。
大事な人を失って、その感傷に浸る暇すらなかった。
少しずつ、静かに壊れていくりこの異変に気づいたのは、祖父の政宗のみである。
孫の身を案じた彼は同居を持ちかけ、りこは喜んでその話しに飛び付いた。
ついでに親権も祖父に押し付け、しがらみから自由になったりこは友人との別れの挨拶もそこそこに、北海道へと旅立ったのである。
(何にも無いわね……。どこまでも、ひたすら緑)
着陸の衝撃に体が震える。
こめかみの圧迫感が徐々に和らいでいくのを感じながら、りこは新天地に降り立った。
機内から一歩踏み出せば、暖かな風が肌を撫で上げる。
軽やかな熱気と鮮やかな色彩は、東京はもとより本州のどの地域でも感じることの出来ないものだ。
日本にいるのに、まるで遠い異国にいるような錯覚を覚えながら、りこは空港を振り返った。
暖かみのある木造建築の空港に、燦々と陽光が降り注ぐ。
唇をキュッと引き結び、りこは踵を返してタクシーを捕まえた。
「桜ヶ丘5丁目7番地まで」
タクシーの座席に埋もれるようにもたれながら、りこは次第にカラフルになっていく町並みをぼんやりと流し見た。
針公混合林が背後に広がる閑静な住宅街で、りこを乗せたタクシーは明らかに浮いていた。
東京とは違い人も少なく、どこか牧歌的な空気すら漂わせるこの地域に、りこは無性に居心地の悪さを感じた。
住む場所が変わる。
想像だけではなく実際に体験すると、なかなかに神経がすり減るものである。