ホルケウ~暗く甘い秘密~
それは初耳だ。

驚くりこを見て、美佳は苦笑した。


「やれやれ、なんも知らないことは予想していたけど、やっぱり初歩的なセオリーすら知らないか」

「ご教授ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします美佳先生!」


ガサガサとスクールバッグを漁り、メモとボールペンを構えたりこに、美佳は微笑んだ。


「よろしい。あなたの恋が実るよう、ビシバシ鍛えてあげるわ!」


こうして夕方になるまで、美佳の恋愛指南をりこは受けた。

一方、その様子を遠巻きに見ていた玲はというと……。


(丸聞こえだよ、りこさん)


くすぐったいような甘い気持ちに、苦笑が零れる。

人狼の血が入っているおかげで、遮蔽物のないところでは半径100メートル前後の音が拾える玲は、二人の会話の一部始終を聞いていた。


(まあ、そうかもって思っていたから、今さら驚いたりはしないけどさ)


さりげなくりこを見てみる。
必死でメモを取り、玲との距離を詰めようと努力している姿は、とにかく甘酸っぱい気持ちにさせる。


(俺がりこさんの好意に気づいてるって、りこさんが知ったら……うん、あの人死ぬ。あの友達の言う通り、りこさんマジで恋愛初心者だから、絶対パニック起こす)


それが容易に想像出来てしまうから、りこの気持ちがはっきりとわかった今でも、玲は嫌な気はしなかった。

しかし、ふと冷静になると、どこか気持ちが冷めていく。


(まともな恋愛する余裕なんてない。少なくとも、今の俺には……)


黄金の心臓を持つ乙女の意味を知り、人間に戻ることが出来たら、何の気兼ねもなく誰かを好きになれるだろうか。

玲はりこから視線を外した。


(どうしたいんだろうな、俺は)


グチャグチャに崩れた気持ちをそのままに、玲はフードコートを出た。

ショッピングモールの入り口のベンチに腰掛け、りこを見守りつつ、唇だけ動かす。


「近づいたら殺す」


その言葉は、雑木林に隠れていた人狼たちにしっかり聞こえたらしい。

玲の言葉にたじろぐ気配がしたが、リーダー役が殺気を少し漏らした。

それだけで、怖じ気づいた他の人狼たちは、迷いや玲への恐怖を払拭する。

りこと美佳が席を離れたのを見て、雑木林に気を配りつつ、玲もその場を発った。
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