ホルケウ~暗く甘い秘密~
―――――――――――――――――――――――――――――


白川警察署の監視カメラに残った映像を見て、町長の高橋雅彦は恐怖に顔をひきつらせた。


「なんなんだこれは!!増田さん、冗談もほどほどにしてくれ!」

「冗談なんかじゃありません。町長、白川町警察署は、道警本部に協力を要請します。場合によっては、陸上自衛隊の協力も仰ぐことになるでしょう。もはや、ロシアからの密輸の検挙や暴走族の取り締まりをしている余裕はありません」


苦虫を千匹噛み潰したかのような渋い顔で、増田警視は言った。

町内の治安維持に関して、何事も町長の高橋と話し合って決定を下してきた増田は、初めて高橋に相談することなく方針を決めた。

それに些かショックを受けた高橋だが、異を唱えられるだけの余裕はない。


「三毛別羆事件を越えるのも時間の問題。日本史上最悪の害獣事件の生き証人になるのか、私は。なんて運の悪い……」


増田は慎重に言葉を選びながらも高橋を慰めた。


「実は、道内在住の学者たちがオオカミの研究機関を立ち上げようとしています。この事件は全国的な注目を浴びていますし、いざという時は政府も助けてくれるでしょう。ですから、あまり気を落とさないでください」


増田の慰めに、高橋は弱々しく微笑んだ。

害獣事件は、自然災害のようなもの。

刑事事件などのように犯人と呼べるものがいないため、事件解決に奔走する者は、普段とは違うストレスが溜まるのだ。


「ところで増田さん、この青年は?スローモーション再生でこのスピード。とても人間とは思えない動きをしている」


監視カメラの映像を再生しながら、高橋は眉間のシワを揉んだ。

この映像に関しては、疲労のあまり幻覚を見たのだと第三者に言われたほうが納得出来る。


「私から見ても大変奇妙ですが、どこからどう見ても人間ですね」


苦笑する増田に、高橋はつまらなそうに吐き捨てた。


「おかしいだろう。ボルトだってこんなスピードじゃ動けん。この青年は、なにか妖しい薬でもやってるんじゃないか?」

「そうかもしれません」


感覚が麻痺してきている。

増田はそう自覚していた。

この害獣事件が発生してからというもの、普段ならあり得ないような状況が立て続けに起きている。

それに対して、いちいちまともな反応をしていたら体がもたないため、いつしか増田は何が起きても顔色が変わることがなくなった。
< 113 / 191 >

この作品をシェア

pagetop