ホルケウ~暗く甘い秘密~
2
9月2日、白川高校は新学期を迎えた―――――――――――――――――――
「もうー、だるい!新学期早々ゴミ拾いとか、マジあり得ない!」
「ねー。あー、今すぐ帰りたい」
女子更衣室で盛大に文句を垂れているのは、星屋優奈とその取り巻きの面々だ。
鹿野まなが学校に来なくなったことにより急激に力をつけたこのグループは、ここ最近の言動が過激になってきたため、他の女子からは少し敬遠されつつあった。
そんな様子を、りこは冷めた目で見る。
(星屋さんっていうのか。私の上履きにセミ突っ込んだ人)
視線を外し、手早く着替えを済ませ、更衣室を出ようとしたりこだが、階段の手前で足を引っかけられてしまい、バランスを崩した。
辛うじて転ばずにはすんだが、その際に足首を捻ったのか、少しだけ痛みが走る。
「やだ、春山さんどんくさい!大丈夫~?」
星屋がクスクスと笑えば、彼女の取り巻きたちもつられたように笑い始めた。
露骨な態度にカチンと来るが、りこは極力無表情を装う。
(どこまでも古典的だな。あー、早く高校卒業したい……)
「ご心配どうも」
低い声でそれだけ吐き捨て、りこは今度こそ更衣室を出た。
もしかしたら、睨んだり嫌な表情をして相手を刺激したかもしれない。
着替えを更衣室に置いたまま外に出るのは不安だったため、りこは念のため教室のロッカーにしまうことにした。
女子更衣室から2年の教室のある三階につながる階段の踊り場で、思わずりこは立ち止まり、うつむいた。
“りこ!一緒に帰ろう”
“りこ、明日映画観に行こうよ!”
“ちょっとりこー、あんたまたそんな小難しい本読んでるの?”
東京には、自分を名前で呼んでくれる人たちがいた。
“ご両親のこと、残念だったね”
“北海道行くって、嘘でしょ!?やだ、離れたくないよ!”
“大学、こっちに戻ってくるよね?1年半なんて短いよ!待ってるから戻ってきて!”
東京には、自分との別れを惜しんでくれる人たちがいた。
(私、なんでここにいるんだろう……)
蓋をしていたはずの気持ちの栓が緩み、一気に溢れ出す。
両親の死よりも、友人との離別が辛いと思うことに、りこは苦笑いした。
(この親不孝者。最低だよ)