ホルケウ~暗く甘い秘密~
ジャージの袖で目尻に浮かんだ涙を拭う。

そして何事もなかったかのように、りこは教室に向かった。


(そういえば、私自分から誰かに積極的に声かけたことなかったかもな。ま、今さらだけど)


女子たちも自分に近づこうとはしない。

まさか星屋や鹿野のような女子しかいないとは思わないが、それでもりこはなんとなくクラスの女子全員に一線を引いていた。

ロッカーに畳んだ制服を入れ、しっかり鍵をかける。

その作業を終えた時、背後から声が飛んできた。


「春山、まだいたのか?」


山崎だった。

生徒たちとは違い、細身な体躯によく似合う白と黒のジャージ姿である。

ここ最近さりげなく毎日ヘアセットしていた髪も、今日ばかりはナチュラルなままだ。

そうしていると、まだ25の山崎も年相応に見える。


「もう出ます。先生は?忘れ物ですか?」

「いや、教室の点検のために寄ったんだ」


なんとなく一緒に教室を出て、廊下を歩く。

廊下にのびる2つの影をぼんやり見ていると、山崎がおもむろに切り出した。


「最近、お前に対する女子の風当たりがきついな。居心地悪いだろ?」


茶化したような口調とは裏腹に、山崎が心配げにのぞきこむから、りこは咄嗟に笑顔を作る。


「平気です。教室に居場所が無いのなんて今さらだし、そもそも私自身誰かと積極的に関わろうとしなかったから。あと少しで三年生になりますから、そうなれば忙しさで気が紛れます」


堂々と嘘をつくりこの強情ぶりに、山崎は目をみはった。

そしてその芯の強さに感嘆し、軽く息を吐く。


「なるべく助けるから。生徒間の問題じゃ教師なんてなんも役に立たないけど、それでも俺の存在は忘れるなよ」


一瞬、空気の湿る気配がした。

それがなにか察した山崎は、りこを置いて先に玄関に向かった。


(こんな言葉が刺さるなんて……。弱ってるな、私)


山崎の暖かい言葉に、りこは胸に優しい痛みを覚えた。

ズキズキと疼く傷に合わせて、涙がハラハラ落ちる。

全部出しきってから、りこは山崎の後を追った。
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