ホルケウ~暗く甘い秘密~
その瞬間、ヒュッと風を切る音が鼓膜に響き、続いて左の頬に重い衝動が与えられた。
両手をなにかで縛られていたりこは、バランスをとることもかなわず、思いっきり地面に倒れこむ。
口のなか一杯に広がる鉄臭さと、込み上げる吐き気。
我慢出来なかったりこは、思わず嘔吐した。
吐瀉物に混ざる鮮血の中に、歯が一本混じっているのを見て、りこは涙と震えが止まらなくなった。
ゼエゼエと肩で息をしながら、荒い声で少年は唸った。
「お前、僕に何をしたんだ……!」
目は血走り、広角泡を飛ばしながら、少年はりこの首を締めはじめる。
ブツブツと低い声でなにやら呟いているが、意識を手離すまいと、せめてもの抵抗を試みるりこに、それを聞き取る余裕はない。
「人間のくせに……人間の分際で!この僕を傷つけようだなんて、思い上がるなよ!」
狂ったようにニヤニヤと笑いはじめた少年の顔が、次第にぼやけてくる。
もうダメかもしれない、とりこは死を覚悟し、目を閉じた。
しかし――――――――――――――――――――
りこにのし掛かっていた少年は、何かに吹き飛ばされた。
派手にりこの上から転げ落ちた少年は、腰をさすりながら前方を睨む。
咳き込みながら顔をあげたりこの目に映ったのは、この上なくキレた表情の山崎だった。
少年を蹴り飛ばした足を下ろし、山崎は冷ややかに言った。
「おい、俺の生徒に何してやがんだクソガキ」
「先生ッ!」
助かった。まずはその安堵感で一杯になったりこだが、すぐに危機感を募らせる。
山崎は人狼の存在を知らない。
どうやってこの状況を切り抜けるか、思考を巡らせるりこだが、少年が山崎に掴みかかった瞬間、頭の中が真っ白になった。
か細い見た目からは想像もつかない少年の力強さにたじろいだ山崎だが、すぐに彼と取っ組み合いをはじめる。
が、形勢は山崎のほうが不利であった。
山崎の腕を掻い潜り、少年は山崎の肋骨に強烈なパンチを見舞った。
ボキィッ、と骨の砕け散る音が、鬱蒼とした真昼の森に響く。
痛みのあまり声も出ない山崎を押し倒し、少年はその首筋に思いっきり噛みついた。
ズブッ、と牙を刺す音に、りこはとうとう悲鳴をあげる。
「やめて!その人は関係ないでしょ!?あんたの狙いは私を殺すことでしょうッ!」