ホルケウ~暗く甘い秘密~
りこの声は、暗い森に虚しく木霊する。
この世のものとは思えない、禍々しさを感じさせる叫び声をあげながら、山崎は苦悶の表情でのたうち回った。
だがそれもすぐに治まり、糸の切れた操り人形のように、山崎は気絶した。
少年はその様子を見届け、息も切れ切れに「ざまあみろ」と吐き捨てる。
そして彼も、山崎の上に重なるように倒れた。
しばらく放心していたりこだが、命こそ助かったものの、今自分が置かれている状況が良くなったわけではないことに気づいた。
(噛まれた山崎先生は、半人狼になる……。対処しきれるのは、玲かスミス神父くらいだわ。この少年の仲間が来る前に、山崎先生を連れて逃げなきゃ!)
まずは縄をほどこうと試みたりこだが、遠くから誰かの声が聞こえてきたため、そちらに意識を向ける。
「春山さん!どこにいるのー?」
班員の誰かようだ。
低くしっかりとした声質に野太さはないため、おそらく女子の誰かだろう。
もし自分一人なら迷わず声をあげていたが、今は人狼の少年と、人狼に噛まれ意識を手放している山崎しかいない。
迂闊に声を出せば、後で困ったことになる。
しかし、このままでは山崎が大変なことになるし、少年の仲間が今にも襲ってくるかもしれない。
なにがなんでも事後処理をする決意をし、りこは声を出した。
「こっちにいるよ!怪我をして歩けないから、来てもらえない?」
りこが声を張り上げて数秒後、茂みがガサガサと揺れ、くせのあるショートヘアの頭が出てきた。
バキバキと周りの小枝を踏み潰し、掻き分けながら、小柄な少女が現れる。
少女が海間里美であったことに安堵し、りこは自分の運のよさに感謝した。
(この子、確かハンターの一家だったわ。場合によっては、人狼について話しても大丈夫だろう……)
「春山さん、これは一体……」
海間は絶句し、掠れた声で囁いた。
知らない少年、首から血を流し倒れる山崎、拘束されているりこ。
なにも知らないまま、この状態を見たら誰だって驚くだろう。
りこは極めて冷静に、そして短く指示を出す。
「海間さん、事情は後で説明するから、まず私の手を自由にしてもらえないかな?」