ホルケウ~暗く甘い秘密~
思わず顔をしかめ、呻き声をあげたりことは対照的に、ジェロニモは動じた様子を見せない。

それどころか、少年の体を担ぎ上げ、足早に教会に入っていく。

りこと里美も慌ててついていくが、二人は教会に入ってすぐに、その異様な雰囲気に気がついた。


「スミス神父、その子は?」

「人狼です」


ジェロニモが抱える子供を、目を細めて見つめる一人の初老の男性に、りこは見覚えがあった。

しばらく記憶を探れば、すぐに彼が誰であるかを思い出した。


(この人、北大の教授!!確か、生物学の権威と呼ばれている幸村教授だ……。人狼が現れ始めた頃、ニュースにも出たし、じいちゃんとも交流があったはず……)


そんな人が、なぜここに。

りこの疑問はモヤモヤと膨らむが、幸村が発した次の言葉で、すべての考えが吹き飛んだ。


「スミス神父、この子はもう助からないでしょう。こんなに衰弱しきっているんだ。手の施しようがない」


しかし、と呟き、顔をあげた幸村の瞳が妖しく光る。


「この子が人狼だと、証明する手立てはあるんだな?」

「人狼は、死後一時間以内に姿が変わる。人の姿で死んだ人狼は狼の姿になり、狼の姿で死んだ人狼は、人に戻る。疑うなら、この子の死後しばらく遺体を観察していれば良い」


切り捨てるような冷たい物言いのジェロニモを見て、りこは目を丸くした。

ジェロニモは肩で風を切りながら祭壇へと進み、山崎を背負うりこを手招きした。

最前列の長椅子に山崎を横たえ、りこは額に浮かんだ汗をぬぐう。

所在なさげな里美を呼び、りこはジェロニモの言葉を待った。

教会内にいた人々が、自然とジェロニモの周辺に集まりはじめる。

おもむろに、ジェロニモは山崎の瞼をこじ開けた。

山崎の瞳は、光彩が黄金色になっていた。
瞳孔がギョロギョロと、あちこちに動く。


「人狼化はとっくに始まっている……。これから2、3日の間に、彼は高熱にうなされるだろう。最悪、そこで命を落とすかもしれない」


救急箱から消毒液を取りだし、山崎の首の噛み傷にふりかけ、ジェロニモは手をかざした。

ボウッと青白い光が現れ、山崎の首の傷を包み込む。

光が強くなり、誰もが目を逸らした刹那、山崎の傷は跡形もなく消えていた。
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