ホルケウ~暗く甘い秘密~
第5章~ガラスの日常~
1
翌日の朝、りこは憂鬱な気持ちを抱えながらキッチンに降りた。
いつもなら大学の講義に間に合うよう、家を出ている政宗が、今日はテーブルについている。
インスタントコーヒーを2つ淹れ、りこはテーブルに運び、席についた。
「おはよう」
チラッと政宗を見ると、どこか痛々しい表情で彼はコーヒーを飲もうとしていた。
「おはよう。歯のほうはどうだ?」
「だめ。すっごく痛い」
昨日帰宅した時には、とにかく凄い騒ぎになっていたことを思い出す。
山崎とりこが人狼の少年に襲われた事件は、警察や病院にいるホルケウ関係者の、実に巧妙な嘘で隠されていた。
まず、りこは森で不審者に襲われたことになっていた。
歯が折れているのは、その不審者に殴られたからである。
不審者に殺されそうになっていたりこは、彼女を捜していた山崎に発見され、山崎はその不審者と取っ組み合いになった。
結果、不審者は山崎にKOされるも、山崎も首に傷を負い、りこは班長だった海間里美と共に警察へ連絡した。
という筋書きである。
「物凄い力で殴られたようだな。まったく、女の子の顔に傷が残ったらどうしてくれるんだ」
憤然とした様子の政宗にりこは曖昧に笑った。
いや、笑おうとした。
しかしその瞬間、歯茎がズキズキと疼く。
「釧路の口腔外科を予約しといたよ。今から出れば余裕を持って着くだろう。出かける仕度をしなさい」
コーヒーカップを流しに置いて、政宗は車の鍵を取りに行った。
とてもじゃないが、学校にはいけない。
一応制服を着てキッチンに降りたりこだが、流しのシンクに映る自分のアンパンマン然とした腫れぼったい顔を見て、これは無理だと納得した。