ホルケウ~暗く甘い秘密~
その日の昼休み、りこは山崎の分も図書委員の仕事をするべく、いつもよりも5分早く教室を出た。
すると、3階の階段の踊り場で激しく言い争う男女の声が聞こえてきた。
「いい加減にしてッ!」
ヒステリックに叫ぶ女性の声に修羅場を想像したりこは、別の階段から図書室に行こうと踵を返す。
が、いきなり自分の名前が出てきたため、驚いて立ち止まってしまった。
「あんたが春山さんを庇えば、あたしがとばっちり食らうんだってば!だいたいあたし、春山さんと仲良くする気なんかない!」
「香織、落ち着けって!」
高ぶる感情をそのままに怒鳴っていたのは、同じクラスの間宮香織だった。
そしてそれを宥めているのは、上原である。
「一体どうしたんだよ……。春山さんは確かに女子の大半に嫌われてるけど、あれはほとんど先入観からじゃん。俺たちが誤解を解けば「もう黙って!!」
上原の言葉は最後まで続かなかった。
「昨日から春山さん春山さんって、なんなの?
なしてぽっと出のよそ者を庇おうとするの?あんたおかしいんじゃないの!?」
イライラを最大限に滲ませた間宮の叫びに、上原は二の句が継げずにいた。
また、物陰から聞いていたりこも、内心ため息をついた。
(間宮さん、言い過ぎよ。この手の問題を男子に言ったって取り合ってもらえないわ)
聞いているだけで心にダメージを受ける間宮の言葉だったが、りこにとっては大きな収穫もあった。
間宮香織は、自分の居場所にりこを引き入れたくないのだ。
また、上原に対して独占欲のようなものもあるらしい。
もしそれが恋愛感情から来るものだとしたら、上原との関係はさらにこじれるだろう。
「香織、今の言葉は本音じゃないよな?」
疑うような上原の声音に、香織はなにを思ったのか。
一抹の静寂の末、彼女は静かにこう言った。
「本音だけど?っていうか、雄吾はあたしが春山さんを庇うことによって女子からハブられても気にしないんだよね。今の言い方だと」
(ああ、間宮さん、上原くんが好きなんだ……)
いくら恋愛に疎いりこでも、ここまであからさまな態度を取っていれば気づいてしまう。
普段から香織と仲良くしている上原は、無論気がついてしまった。
気まずい沈黙を破ったのは、香織だった。
「春山さんのことは気遣うくせに」
悔しげな声があまりにも切なくて、りこは足音を殺しながらその場を去った。
気づけば涙が一筋、流れていた。