ホルケウ~暗く甘い秘密~
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(俺は眠っていたのか?)


重い瞼をこじ開けながら、一人自問する。
いや、そんなはずはない、と山崎将太は自答した。

クリーム色の天井と、視界に入る点滴の管、薄く薫る消毒液や薬品の匂いに、ここが病院であるとようやく気づいた時には、山崎は自分の身に何が起きたのか思い出していた。


(そうだ、俺は春山を探していた。森の奥で頭のおかしなガキに襲われていたあいつを助けに入って、そのガキと取っ組み合いになって……)


そして、噛まれた。

ここで山崎の中で疑問符が浮かぶ。

噛まれたとは一体なににだ?

決まっているだろう、あのガキにだ。

いつから人間は噛みつく生き物になったんだ?

しかしあのガキには牙があった。
現に、俺はあいつに噛まれたことで意識を失ったじゃないか。

そこまで自問自答し、ようやく山崎は自分の置かれている状況のおかしさに気づいた。

そう、山崎を噛んだ少年には、それはそれは大層な鋭い牙が口元から覗いていただ。


(……。いや、ますます意味がわからない)


常識的に考えてあり得ない。

自分が知らないうちに人類は進化(と呼ぶべきかどうかはわからないが)を遂げていたのならともかく、山崎は自分が知る限り普通人間に牙はないと断言出来る。

そこにあるべきは犬歯だ。

取っ組み合いの最中に頭でも打ったのかもしれない、と考えて、山崎はようやく腑に落ちた。

なるほど、それなら幻想も見る。


(そういえば、喉渇いたな。ナースコールして飲み物買いに行って良いか聞こう)


ふと思いつき、ナースボタンに手を伸ばす山崎だったが、一瞬強烈な違和感に見舞われた。

なにかがおかしい。

しかしなにがおかしいのかと聞かれたら返答に窮するくらいの、微かな違和感だ。

本能がひっそりと警鐘を鳴らすも、それを無視して山崎はナースボタンを押した。

しばらくしてから、自分の病室が個室であることに気づく。

山崎はこれまでの人生で二度入院を経験したことがあるが、個室は今回が初めてだ。

この事態に、函館に住む両親はどう思っただろう。


(お袋なんかは、余計な出費だって怒りそうだな。心配を隠そうとして)


ふと耳を済ませると、遠くから足音が聞こえてきた。

軽やかで規則的な足音は、どんどん近づいてくる。

ピタッと音が止むのと同時に、個室のドアが二回ノックされた。
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